詫びる気ゼロ。NHKと猿芝居した日本郵政を牛耳る権力者の実名

 

昨年4月24日に放送された「クローズアップ現代+」の内容は、よほど鈴木氏の癇に障ったのだろう。ノルマ達成に追われる現場の実態をまったく知らないほどの高みにいるのか、どうやら鈴木氏は「こんなことはありえないと本気で怒ったようだ。

番組では現役の郵便局員が告白しており、視聴者から見ると信ぴょう性は高かった。NHKの制作スタッフは、もっと情報を集め第2弾を放送すべく、7月に入ると公式ツイッターに2本のショート動画をつけて情報提供を呼びかけた。これが鈴木氏の怒りにさらなる火をつけた。「NHK会長はこんな番組制作を許すのか」。そんな思いだったのだろう。

日本郵政は広報担当を通じ、NHKに削除を申し入れた。それに対し番組のチーフディレクターらは「会長は番組に関知しません」と説明した。それを伝え聞いた鈴木副社長の頭に浮かんだのは「放送法違反」の文字だ。

ディレクターは、制作と経営は分離していること、社長と制作現場は役割分担をしていること、通常、社長が口を出すことはないと言いたかったのである。会長にいちいち制作に介入されたら、現場の人間はやってられない。

ところが、鈴木氏はディレクターの発言を逆手に取り、「社長が関知しないのは放送法第51条違反だと言い始めた。

放送法51条にはこう書かれている。「会長は、協会を代表し、経営委員会の定めるところに従い、その業務を総理する」。「業務を総理する」とは、制作にも関与するということだろう。鈴木氏の頭が、そのように働いた瞬間、日本郵政の対処方針は、番組の放送内容をひとまず横に置き、チーフディレクターの発言を放送法上の問題としてNHKのガバナンスを問う方針に切り替えられた。

日本郵政は「放送法で番組制作・編集の最終責任者は会長であることは明らかで、NHKでガバナンスが全くきいていないことの表れ」と主張し、同年8月2日に説明を求める文書を上田会長に送付した。

これに対し上田会長からは「ご理解を賜りたい」という趣旨の文書が届いたが、鈴木氏にとっては納得できる内容ではなく、「回答がなかった」と断じて、別の方向から攻めたて始めた

NHKの執行部を監督する経営委員会に対し、10月5日、郵政3社の名で文書を送付し、善処を求めたのである。制作現場に対する会長のガバナンスがきいていないではないか、経営委員会はなんとかせよ、というわけだ。さすがに元トップ官僚のやりかたは違う。問題をすり替えることにかけては超一流だ。

これに、NHK経営委員会は反論しなかった。というより、同調した。なにしろ、経営委員会のメンバーを決めるのは安倍首相である。NHKが政権批判をしないよう、メンバーを入れ替え、あの「政府が右ということを左というわけにはいかない」発言で知られる籾井勝人氏を会長に選ばせたのは、あまりにも有名な話だ。

その会長人選を強く後押ししたのが、当時の委員で現在の委員長石原進氏なのだ。石原氏はJR九州の相談役であり、地元財界の重鎮として、麻生副総理とは特別に親しい仲といわれる。

政財官界に顔の広い鈴木氏が石原氏に根回ししたうえで、抗議文書を経営委員会に送付したであろうことは容易に想像できるが、そうだとすれば、鈴木氏の思惑通りに経営委員会の議事が運んだとみえて、10月23日、会長に対し厳重注意」することが決定された。

現NHK会長、上田良一氏もとくに異論はなかったのだろう。11月6日には専務理事でもある木田幸紀放送総局長をわざわざ日本郵政に出向かせ、「説明が不十分だったとする内容の謝罪文を届けさせている。木田氏は制作現場の思いを切り離し、経営者間の暗黙の合意のようなものに従ったわけである。

NHKの政治報道が官邸べったりに偏向し、「クロ現」などのドキュメンタリー番組だけが調査報道を維持するうえでわずかな救いとなっているなか、それさえも圧力を受け、制限をかけられるとなれば、制作スタッフの意気はしぼんでしまう。NHKは公共放送としてますます存在価値を失う

NHK経営委員会は、会長を「厳重注意」としたときの議事録を「作っていない」と言ってみたり、「作成したが公表しない」と言ってみたりで、要するに隠したいようである。NHK執行部もどのような文書を郵政側に渡したのか、内容を明らかにしようとしない

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