なぜ中国はソ連に代わって米国と覇権争いをするようになったのか

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 世界の覇権争いは米ソから米中への移った、と語るのはジャーナリストとして数々のメディアで活躍中の嶌信彦さん。嶌さんは今回、自身の無料メルマガ『ジャーナリスト嶌信彦「時代を読む」』で、世界の新たな覇権争いの型に注目しながらその行く末を案じています。

注目される米中覇権争いの“型”

新天皇が即位し、元号が令和となってからすぐの5月25日、トランプ大統領が国賓として来日した。日米間の政治的議題としては日本の農産物輸入の拡大や北朝鮮の完全非核化などについて議論することになっていたが、安倍首相の真の思惑は新天皇の国賓第一号としてトランプ大統領を宮中晩餐会に招き歓待することだっただろう。

アメリカは15世紀、16世紀にかけてスペイン、ポルトガルによって発見された新大陸である。大航海時代(15~17世紀中頃)は、インド、東南アジアを巡りアジア地域に進出。大西洋方面ではアメリカ、中南米まで出かけ未開発地域を開発していった。しかし、スペインに対抗してイギリスが海洋進出を始め、スペインの無敵艦隊を破ると世界の海や地域はイギリスの支配下に入っていく。イギリスは世界に植民地を持ち“太陽の沈まぬ国”とまでいわれる覇権国になるのだ。

一方で社会主義国家建設を目指して勢力を拡大してきたのがソビエト連邦である。隣接する東ヨーロッパ諸国を傘下に治め、自由主義、民主主義を標榜する西欧諸国と衝突をくり返し、ついに第二次世界大戦を引き起こすまでに至る。この時、西欧諸国の呼びかけに応じたのはヨーロッパを故郷とするアメリカだった。アメリカにはヨーロッパの人々が新天地を求めて大勢の人々が渡り、新しい文化・文明を築きあげ、ソ連と並ぶ大国に成長・発展していたのである。

欧州諸国はソ連との戦争に勝ち目がなくなってきた時、アメリカに支援を求めソ連を欧州の地からようやく追い出すのだ。と同時にアメリカの軍隊が欧州の地に残ることを要請し、ここにNATO(北大西洋条約機構)軍が誕生し、ソ連・東欧を中心とするワルシャワ条約機構軍とソ連が崩壊する1991年まで世界は米・ソ二極の対立の時代が続いたのである。

今のソ連には社会主義経済政策の失敗から往年の力はなく、代わって台頭してきたのが市場主義的な社会主義国家政策をとる中国だ。民間の企業経営を国の産業政策や補助によって育成し、ここ20年でアメリカと肩を並べるほどの力をつけてきた。宇宙・科学から日常の工業製品、家庭用品まで先進国に劣らない製品を作るようになっている。

このため世界の経済競争、軍事、科学などの対立は「米ソ」から「米中」へと移り、いまや関税をかけ合う米中貿易戦争へと進んできた。

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