「夫と一緒に入りたくない」自分の墓を購入して亡くなった母
次は母の遺言をめぐる父と息子のトラブルです。井上優雅さん(現在42歳。仮名)の母(別居時72歳)が父(別居時74歳)に愛想を尽かし、家を飛び出し、優雅さんのところへ転がり込んだのは4年前。
母は父の些細なことでキレやすい癇癪癖、いつも監視したがる束縛癖、自分のことしか考えない自己中癖に長年、悩まされていたそう。このまま定男さんが衰えたり、大病を患ったり、怪我を負ったりした場合、「介護したくない」と思ったのでしょう。
母は父と同居していれば毎月19万円の厚生年金、1,600万円の退職金、そしてローン完済の持ち家があるので老後の生活も安泰だったはず。母には毎月わずか8万円の年金と少々の貯金しかありませんでした。不足する生活費は優雅さんが補填せざるを得なかった模様。
「母は父と同じ墓に入りたくないという一心でした」
と、優雅さんは回顧します。母は両親から400万円の遺産を受け継いでいたのですが、別居から遡ること4年前、遺産を充てて自分名義の墓を購入したそうです。
母の現世は残りわずかですが、死後の世界が永久に続くのなら、現世より死後の方を大事にしたいという気持ちも分かります。
そのため、母は「葬儀は家族葬で行い、父ではなく長男(優雅さん)が取りしきること、そして何より生前に購入しておいた墓に納骨すること」などをしたため、遺言の形式で残しておいたそうで、そのことは遺言執行人である優雅さんも生前に承知していました。
そして別居から1年2ヵ月でこの世を去り、優雅さんは母の遺志に従って葬儀を執り行ったのですが、父は優雅さんも耳を疑うような一言を発したのです。
「おお、それなら俺も入れてくれよ」と。
父はその日暮らしの性格で墓を用意するという「終活」とは無縁の人間。すでに齢70を超えているのに何の準備もせず、のうのうと暮らしていたのです。
「母さんの気持ちも考えて欲しい。母さんは一緒のお墓に入るつもりはないから。母さんのお墓は僕たちが守っていくから」
優雅さんはそんなふうに叱責したものの、実家を訪ねるたびに77歳の父は少しずつ体が小さくなり、声も小さくなり、動きも遅くなり、圭介さんの知っている父親の姿とはかけ離れていく一方でした。
それから1年。父もこの世を去ったのですが、優雅さんはどのような決断をしたのでしょうか?
「父さんも母さんの墓に入れることにしました。生前は母がいなくなったせいで目に見えて衰えていくのが分かり、なんだか可哀そうな気がしていたんです」
優雅さんは苦しい胸のうちを吐露してくれましたが、遺言のうち遺産相続以外の内容に強制力はなく、相続人が遺言の内容を守らなかったとしても特にペナルティを科せられるわけではありません。
長男が健在なのに父を無縁仏にするわけにはいかないという優雅さんの気持ちも分かります。しかし、先に亡くなった母はようやく父から解放され、自分の墓で眠っていたのに、後から父が墓に入ってきたのだから何のために別居し、墓を用意し、遺言を残したのか分かりません。
ここまで遺言が守られなかったケース、守られたケースについて見てきましたが、執行人の存在は極めて重要です。相続時に反対者が現れることを想定し、毅然とした態度で遺産協議に臨めるような人に任せなければなりません。執行人として適任かどうかの「身体検査」も抜かりなく行ってください。
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