AIには絶対に見えない「違和感」の正体。“使うほど賢くなるAI”と“任せるほど育つ人間”の決定的な差

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ChatGPTに画像生成を任せたとき、なぜか真ん中の絵だけが逆を向いてしまう──。そんな小さな違和感から、AIと人間の決定的な違いが見えてきます。AIは部分最適には強いものの、全体を感じ取る力を持ちません。そして人間もまた、一つの価値に最適化されすぎたとき、大切な何かを静かに失っていきます。今回のメルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』では、著者の松尾英明さんが、AIの特性とゲーテの寓話を手がかりに、教育現場で見落とされがちな「最適化の罠」と、人が人として育つために必要な「余白」について深く考察します。

使うほど賢くなるAI、任せるほど育つ人間

最近、ChatGPTの画像生成機能がアップデートされて、色々使って遊んでいる時の発見です。

Facebook投稿用の、インフォグラフィック画像を作っていたときのことです。 三つのイラストで「成長の流れ」を表したい。

左から右へ。 補助輪 → 手を添える → 自立。 その設計を組んでるはずなのに、なぜか真ん中の画像だけ逆を向く。

何度修正しても直らない。 直ったと思えば、今度は別の部分が崩れる。

ところが、同じ指示を別チャットで出すと、一発でうまくいく。

この差は何なのか。

◆AIは「見ていない」、ただ予測している

ここから、AIの画像生成の癖が見えてきました。

AIは、見えていないようです。 正確に言えば、画像を我々と同じように見ているのではなく、要素に分解し、プロンプトから意味を当てて予測しています。

「自転車を支える大人」という意味を当てると、その「典型パターン」に従う。 その結果、全体の流れが崩れても、部分として正しければ「成立」としてしまう。

人間は違います。

全体を一瞬で見て、「なんかおかしい」と直感的に感じとれる。 この違和感は、論理ではなく感覚で捉えられる。

AIは部分最適に強く、人間は全体性に支えられている。 ここに決定的な違いがあります。

◆AIの優秀さは「使われる優秀さ」

では、AIの優秀さとは何か。

それは「使われる優秀さ」です。

AIは、目的を与えられて初めて力を発揮する。 問いがなければ動かないし、設計が曖昧であれば結果も曖昧になる。

一方で人間は違います。

人間は内側から動く。 意味を求め、自ら目的を生み出す。

AIは完全な外部駆動。 人間は主に内発駆動。

ここからさらに考えると、もう一つ重要なことが見えてきます。

AIは、一つの目的に対して徹底的に最適化する。 その結果、他の価値を見失う可能性があります。

この問題は、ユヴァル・ノア・ハラリが『NEXUS(下)』で指摘している、 「AIは与えられた目標を忠実に追求するがゆえに、他の価値を排除しうる」 という構造と重なります。

◆『魔法使いの弟子』が示す最適化の罠

そしてこの構造は、古くから語られてきた物語にも現れています。

ゲーテの『魔法使いの弟子』です。

師匠の留守中、弟子は箒に魔法をかけ、水を運ばせる。 自分が働かなくて済むように、効率化したのです。

しかし、問題が起きる。

止め方を知らない。

箒は命令通り、水を運び続ける。 やがて部屋は水であふれ、制御不能になる。

これは愚かさの物語ではありません。 むしろ、目的に忠実すぎたことの物語です。

止める力を持たない最適化は、やがて暴走する。

◆人間社会も同じ構造に陥っている

ここでふと気づきます。

これは、人間社会でも起きていないか。

受験であれば点数。 ビジネスであれば売上。 SNSであればフォロワー。 美であれば見た目。

一つの価値に最適化する。 測れるものに集中する。

それ自体は、悪くありません。 しかし、それに特化しすぎたとき、人は何かを失う。

関係性。 意味。 余白。 幸福。

測れないものが削られていく。

AIは一つに最適化する。 人間は、気づかないうちに一つに最適化させられる。 その結果、全体が崩れる。

この構造は、人間のある状態にも似ています。 何かに過剰にこだわる状態。 一つの価値にすべてを預けてしまう状態。

ただし、ここにも違いがあります。

人間は、感じすぎて狭くなる。 AIは、感じないから広がらない。

それでも結果として、「一つに閉じ込められる」という現象は似て見える。

人間は不完全です。 一つを選びながら、他も捨てきれない。 揺れながら、バランスを取る。 この揺らぎこそが、人間の全体性です。

◆教育現場で削られていく「見えにくいもの」

教育も同じ構造を持っています。

ただし、ここで問うべきは「何に最適化するか」ではなく、 最適化そのものに閉じ込められていないかです。

教育の現場には、数値化しやすい指標がいくつもあります。

テストの点数。 学力調査の結果。 体力テストの数値。 計算の速さ。 合格実績や進学者数。

どれも大切です。

しかし、それに最適化しすぎたとき、何が起きるか。

見えやすい成果は伸びる。 評価も上がる。 周囲からは称賛される。

しかし同時に、見えにくいものが削られていく。

そして厄介なのは、 壊れていることに気づきにくいという点です。

さらに、その評価自体が本質を捉えていない場合もある。

一見うまく適応している子が評価され、 違和感を示す子が問題視される。

しかしそれは、その子ども自身ではなく、 評価軸への適応度を見ているに過ぎないことがある。

人は本来、複数の価値の中で揺れながら成長する存在です。

しかし、一つの軸に固定されると、その揺らぎが失われる。 揺らぎを失った学びは、一見正確には見えても、深くは育たない。

◆人が人として育つための「余白」

だからこそ必要なのが、余白です。

手を出しすぎない。 一つに閉じ込めない。 任せる。

これは不親切ではありません。 むしろ、人が人として育つための条件です。

AIは使うほど賢くなる。 人間は任せるほど育つ。

そしてもう一つ。

人間は、 一つに最適化しないことで、 人間でいられる。

image by: Shutterstock.com

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【著者】 松尾英明 【発行周期】 2日に1回ずつ発行します。

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