同部で私が取り組んだ中で最大の事件が、「海砂事件」だった。
当時、瀬戸内海でも、公共土木工事等に使用される海砂採取が行われていたが、広島県は、「閉鎖水域での海砂採取は、海洋汚染・環境破壊につながる」との指摘を受け、90年代初頭に、10年後に県内の海砂採取を全面禁止する方針を打ち出し、その採取期限が迫っていた。
期限延長を求める海砂船主会から複数の県議会議員にまとまった額の金品が渡っている事実をつかみ、政治資金規正法の事件としての立件をめざして捜査を行った。
しかし、当時、政治資金規正法違反の罰則適用に消極的だった法務省の方針もあって、強制捜査着手への地検幹部の了承が得られなかった。
当時の特別刑事部の陣容は、部長の下に検事1名、副検事1名。
広島地検内の他部や他地検からの応援検事を動員しなれば、地検独自で本格的な捜査に着手することは不可能だった。
捜査の発端は広島県警捜査2課が着手した海砂船主会長から海区調整委員会委員への「贈賄申込事件」だった。
広島地検と県警の合同捜査だったが、県警は、県議会議員の事件には消極的で全く動こうとしない。
結局、海砂船主会と広島県政界をめぐる事件の捜査の続行は断念せざるを得なかった。
こうした中で、中国新聞・RCC中国放送などの広島の地元マスコミは、瀬戸内海の環境を汚染させる海砂の違法採取問題と、海砂採取業者と県政界の癒着の問題を、連日大きく取り上げ、独自の調査報道を積極的に行っていた。
そもそもの問題は、海砂採取業者側が採取期限の延長をめざす活動を行ったことにあった。
捜査の中で、採取業者が、採取許可を大幅に超える違法採取を恒常的に行っていた事実をつかんだ。
当時、巡視艇の現認による違法採取事件の摘発を散発的に行っていたのが海上保安部だった。
私は、違法採取の情報を、広島海上保安部に提供し、会計書類を提出させて、海砂の採取量を確認し、県の採取許可量と照合する方法の「地上戦」で、砂利採取法違反の犯罪を摘発することを提案した。
違法採取の情報は、第7管区海上保安本部を通じて、呉・尾道・今治の各海上部に提供され、海上保安官が、「会計帳簿捜査」を行い、海砂採取業者が採取許可を大幅に上回る違法採取を恒常的に行っていたことが明らかになった。
海上保安部にとって巡視艇の現認によらない違法採取事件の摘発は初の事例だった。
「海の警察官」達は、慣れない会計帳簿の捜査を徹底して行い、広島県内の海砂採取業者が次々と摘発され、すべて砂利採取法違反で起訴されて採取許可を取り消され、全滅した。
これを受け、藤田雄山知事が、採取期限を前倒しして、県内の海砂採取全面禁止を宣言した。
そして、海砂採取禁止の動きは、その後、愛媛県・岡山県・山口県と瀬戸内海全域に拡大し、瀬戸内海での海砂採取はすべて禁止されることになった。
母が亡くなった後も、父は、元宇品のマンションで暮らしていた。
私は東京に異動になった後も、時折、広島に帰省し、父とともに、車でドライブに出かけることもあった。
開通した「しまなみ海道」を父と共に初めて車で通った時、
「この辺りの海は、昔は、海砂採取船が排出する泥水で汚れていたんだ」
と説明しながら、眼下に拡がる美しい瀬戸内海を眺めた。
若い頃、結核で片肺の大部分を失い、C型肝炎でもあった父は、殊の外、健康維持を心がけ、毎朝タオルで乾布摩擦をする「元気な老人」として、地元RCCのラジオ番組に出演したこともあった。
しかし、その父も、2001年春、私が長崎地検次席検事として赴任した際に、長崎で私の引っ越しの手伝いをして広島に帰った直後に、脳出血で急死した。
広島地検で最初に取り組んだ政治資金規正法等を活用した私の独自の検察捜査の取組みは、長崎地検での「自民党長崎県連事件」で結実することとなった。
自民党の公共工事からの政治資金収奪システムが解明され、国会での「政治とカネ」の議論の契機ともなった、長崎での戦いは、私にとって「父の弔い合戦」でもあった。
兄弟もいない私にとって、広島に残ったのは、父母が暮らした元宇品のマンションの一室と、広島市東区戸坂の禅昌寺にある両親の墓だけだった。
90年代末、創設直後の広島地検特別刑事部での私の仕事では、「県政界の浄化」は果たせなかった。
しかし、海砂事件捜査の結末は「瀬戸内海の浄化」につながった。
それから約20年が経ち、広島地検特別刑事部の後輩たちが取り組んだのが、2019年参院選広島選挙区での河井夫妻の公職選挙法違反事件だ。(『権力と戦う弁護士・郷原信郎の“長いものには巻かれない生き方”』2021年4月15日号より一部抜粋。続きは、2021年4月中にお試し購読スタートすると、4月分の全コンテンツを無料(0円)でお読みいただけます)
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