コカ・コーラの誤算。五輪会場持ち込み飲料を限定させたオワコンの自爆マーケティング

 

一般化しますと、安全というのは合理的に絞れる一方で、安心というのは人にとって千差万別であり、場合によっては異なった安心意識が衝突することも多々あるということです。

その極端な例が、今回の東京五輪の「バブル」構想です。

この「バブル」構想がメチャクチャなのは、とにかく、バブルの中と外で全く違う「安心」のストーリーを描いているということです。

まず、バブルの外側では、五輪関係者は「海外からウィルスを運んでくるので怖い」という、まるで尊王攘夷運動のような排外心理が暴走しています。その一方で、バブルの中、つまり海外から来た五輪関係者、選手団や役員などは、「ワクチン接種率が極めて低い一方で、デルタ変異株が流行している」東京は危険だという認識があるわけです。

つまり「壁」の両側で、全く別のことを考えているわけで、こうしたことを続けて行けば、相互不信が増幅するだけとなります。そんな状態でも、壁が機能すれば五輪を中止しなくて済むと考えている、現在の政府にはそうした姿勢が透けて見えるわけで、何とも情けない限りです。

問題は、バブルの中と外の意識が矛盾しているだけではありません。まだまだあります。例えば、ワクチンに関する姿勢がハッキリしていません。フランスなどを筆頭に、ワクチン接種を条件に入国管理を緩和する動きがありますが、今回の五輪ではこれは考慮されていません。

例えば、濃厚接触者でも6時間以内にPCR陰性なら競技参加可能という話が出ていて、問題になっていますが、これは「ワクチン接種者の場合は、濃厚接触者の追跡は不要」というワクチン先進国の考えに引きずられています。ですが、「ワクチン接種の場合」というのが抜けていては、話がザルになるだけです。

先程の、バブルの中と外の矛盾の背景にもワクチン問題というのがあって、中の人たちは接種率が高いので、自分がウィルスを撒き散らすリスクも、もらうリスクも低いと思っています。ですが、バブルの外の東京の一般社会では、高齢者を除くと接種率が低いので、ワクチンを打っているのである程度安心という感覚が出ていません。その辺りの、意識のズレも今後は問題になってくると思います。

いずれにしても、東日本大震災が「安全と安心は別」というパンドラの箱を開けてしまったのです。そして、日本だけでなく、EU脱退を選択した英国や、トランプに翻弄されたアメリカでも、感情論の暴走というのは誰にも止められません。そんな中で、政治家には「安全を確保しつつ、安心も提供する」というほぼ不可能なタスクが課せられるという状況になっています。

世論が「おかしい」などと、愚痴をいうのは勝手ですが、とにかく政治家にはその両方を実現する実務能力が期待されています。そして、日本の現政権には、それが足りていないようです。

この状況を批判するのは簡単ですが、例えば野党には「安全を確保しつつ、安心も提供する」だけの統治スキルがあるのか、例えば大規模イベントを仕切る業者さんにあるのか、ないとして、一人一人がバラバラに自己防衛に走るような社会がいいのか、様々なことを考えさせられるのも事実です。

ただ、安心と安全がズレるのは仕方がないとしても、それをできるだけ重ねていくのが為政者として求められると思います。また複数の安心が矛盾したり衝突する場合は、丁寧に客観的な安全という見地に戻ることが大切です。

何よりも、安全というのは結果です。いくら安心を提供しても、それは刹那のことであって、結果的に安全が確保されていなければ為政者は政治を継続することはできません。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋)

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image by: Ned Snowman / Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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