矢野財務次官の大罪。保身確保の駄文に「吉田松陰」の言葉を使う無礼

 

吉田松陰と言えば、その生涯の短さとは裏腹に、明治維新、そして明治政府に巨大な影響を与えた人物です。このことはつまり、その後の日本の国の有り様に決定的に重要な影響を与えた日本の歴史上の超重要人物の一人だということでありますが、その吉田松陰が斯様な巨大な感化を楠木正成公から受けていたという事実は、そのまま楠木正成公の日本の歴史に対する影響の尋常ならざる甚大さを改めて指し示すものであります。

さて、その吉田松陰の言葉として有名なのが「やむにやまれぬ大和魂」という言葉です。

これは、この身が滅びようとも、この日の本の国を護らんがためには成さねばならぬという思いが湧き上がり、この身が自ずと動きださんとする、まさにその折りに吉田松蔭の口をついて出た言葉です。

吉田松陰はまさにこの言葉を吐きつつ行った振る舞い故に死へと追い込まれるのですが、吉田松陰の楠木正成公に対する思いの深さから察するに、そんな「大和魂」を最も体現した人物こそ、楠木正成公、その人であったことは疑いを入れぬところでしょう。

つまり、一点の偽りも無き誠の忠心故に、鬼神の如き荒ぶる魂がまさに動き出さんとするその刹那に、その魂から自ずと発露する、その魂=「こと」の切れ端=「は」こそが、「やむにやまれぬ大和魂」という言葉なのです。

ところが……この「やむにやまれぬ大和魂」という深遠なる言葉を、忠心のかけらも無き外道と言わざるを得ぬ輩がおぞましき自意識を満たさんが為だけにまさにこの日の本の国を亡国の淵へと追いやる他なき邪悪極まりなき悪文にて用いたのです。

その悪文とは、矢野康治財務事務次官が文藝春秋に公表したこの文章です。

最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない、ここで言うべきことを言わねば卑怯でさえあると思います。

「このままでは国家財政は破綻する」矢野康治財務事務次官が“バラマキ政策”を徹底批判

この文章が含まれる論考が、如何に嘘と欺瞞に満ち満ちたものであるかについては、既に下記原稿にて詳しく論じていますので、ここでは繰り返しません。

【関連】逆らう政治家は吊し上げろ?財務省「バラマキ批判」発表の大勘違い

ついてはここでは、「やむにやまれぬ大和魂」と書いたことの矢野氏の「大罪」を詳らかに解説いたしたいと思います。

そもそも吉田松陰の「やむにやまれぬ大和魂」という言葉の前には、「かくすれば、かくなるものと知りながら」という言葉が枕としておかれています。すなわち松蔭は、

「かくすれば、かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」

と述べたのですが、この言葉を(上記を踏まえながら)詳しく解説するなら、次の様なものとなります。

「こうすれば己の身が滅びる、すなわち殺められることは必定である、しかしながら、こうせざるを得ないのだ。そうせざるを得なくなるのは、我が身の心の内にある、楠木正成公がその生涯を賭して体現してみせた“大和魂”故なのだ」

つまり松陰は、自らが死ぬ事が全ての前提であると明晰に自認、覚悟した上で、「やむにやまれぬ大和魂」との言葉を吐いたのです。

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