2回目の食事会で話題が徴兵制に及んだときのことです。私は、次のような持論を述べました。
「日本では徴兵制に関する理解が遅れており、新兵を古参兵が「しごき」の名のもとに虐待するような戦前の帝国陸海軍の在り方しか頭に浮かばないが、戦後のドイツが国民皆兵の考え方のもとに徴兵制を導入し、軍が独走や暴走をしないためにシビリアン・コントロールの重要な要素として位置づけていることを学び、徴兵制=悪という考え方を整理しなければ、軍事組織を健全な形で維持することはできない」
すると、池明観先生が即座に反応し、「その通りです」と私の考えを肯定したのです。韓国の民主化運動のリーダーとして、軍事独裁政権とも闘ってきた池明観先生の言葉だけに、土井さんはじめ、同席したみんなが息を呑んで聞き入りました。
そのときの池明観先生の話を要約すると、1980年に死者154人、負傷者3028人を出した光州事件の時でさえ、当時の全斗煥政権はあれ以上には軍を前面に出すことはできなかった。それは、第一線の兵士には徴兵されてきた若者が多く含まれ、同胞を武力で鎮圧しようとするほどに上層部への反発が強まり、場合によっては反乱という事態も懸念されたからだというのです。
私も、徴兵制によって軍の内部に一般市民の目と意識が常に存在することで、軍の一部が独走しようとしても露見しやすく、それがシビリアン・コントロールを働かせているのだと、池明観先生に続けました。
帰途、目黒駅までの道すがら、難しそうな顔で腕組みした土井さんは、私に言いました。
「もっと早く知っておきたかった」。
社会党委員長時代、全盛期の土井さんが同じ話を聞き、「なるほど」と思ったとしたら、自民党政権との話し合いのもとに、日本の安全保障政策が大きく変わったのではないかと思わずにはいられませんでした。池明観先生も土井さんも、表向きの印象とは違い、どこまでもリアリストだったのです。(小川和久)
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image by: Akira Kamikura, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons