あまりに大きすぎる犠牲。台湾問題は解決しないことが正当な理由

 

3つ目のパラドックスは、台湾の地位です。キッシンジャー外交などの結果もあって、1972年に中国が国連加盟すると、それまで常任理事国であった台湾は国連から追放されました。また、日中国交回復の際に、日本は台湾と断交しています。アメリカも同様です。

私の昔の知人で、台湾のそれなりの名家の人がいたのですが、彼女の父親は台北の目抜き通りである南京東路に沿って多くの不動産を保有していたのだそうです。ですが、72年に世界中から断交された際に「もう台湾はおしまいだ」と思って、全部をキャッシュに変えてしまったのでした。その話をしていたのは、1988年前後のことでしたが、彼女は「あの時、不動産を売っていなかったら億万長者になっていた」と笑って語っていました。

そうなのです。全世界から断交され、国連から追放されたにもかかわらず、その後の台湾は、経済成長に成功したのでした。88年の時点では、まだ軽工業から電子産業への過渡期でしたが、それでも国は十分に成長途上の熱気があったのを記憶しています。今はもう誰も覚えていないと思いますが、信号が変わると一斉に爆進するバイクの群れや、首都高速のような高速道にロータリーがあって、各方向から一斉にタクシーや商用車が加速して突っ込んでいくスリルとか、強烈なものがあったのでした。

国としての地位を失い、正規の外交関係を失ったにもかかわらず、民主化を実現し、軽工業から電子工業へと産業構造転換を果たし、現在では、主として半導体と電子部品の実装技術では日本を完全に引き離し、社会としては堂々たる先進国の地位を築いているわけです。

この不思議な成功事例というのは、しかし外交の事例としては例外に属します。サクセスストーリーとしては美しいのですが、そこに、絶望的な危うさ、儚さを抱えているのも事実です。何しろ、外交としては多くの国との関係は正規のものではなく、2国間のしかも相手国の特別法によって関係が規定されているという不安定なものだからです。

台湾の現状を変えるのは難しいですが、その現状というもの自体が非常に不安定なものだということは言えると思います。

では、中国はどうして台湾併合を強く主張しているのでしょうか?

一つには、19世紀以来、国土の多くが列強に奪われた「国恥の歴史」に対して、領土という面では一歩も譲らないという構えで、200年越しの「回復」を行うという国是があると思います。

しかしこれはあくまで建前であり、本音としてはやはり国内政治があると考えられます。国内に取り組む課題があり、なおかつ、その課題に取り組むことで解決への希望が見える場合には、その国内課題が政治的に優先されます。そんな時期には、台湾について強く意識する必要はありません。

国内における政治勢力同士の争いも、通常であれば台湾問題について取り上げる必要はないと思います。ですが、現在の中国は多くの課題を抱えて停滞しています。格差是正を優先して、経済成長を止めてもいいのか、その場合の「痛み」をどうケアするのか、産業構造を更に転換する中でゾンビ企業をどう処理するのか、とりわけ不動産関連の不良債権をどう処理するのか、こういった問題は、世論受けもしないし、大変な努力と痛みを伴います。

こうした問題が進行している際には、台湾統一といった「威勢のいい」テーマを掲げて、そちらにニュースのヘッドラインや、会議の議事内容の多くを振り向けて求心力を確保するということが必要になってきます。中国は強大だから、台湾を欲しているのではなく、反対に国内の問題に苦労しているから威勢のいいことを言いたがるわけです。

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