習近平国家主席は武力による統一の意思を隠すことをせず、バイデン大統領は有事の際の関与を明言するなど、台湾を巡り緊張状態が続く東アジア情勢。先日非業の死を遂げた安倍元首相も「台湾有事は日本有事」と発言し中国を牽制しましたが、いわゆる台湾問題はどのように扱われるべきなのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では米国在住作家の冷泉彰彦さんが、当問題については「解決しないことが当面は正当」としてその理由を解説。さらに中国の台湾侵攻作戦をシミュレートするとともに、日本が警戒すべきことについても言及しています。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2022年8月2日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
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台湾に関する考察と思考実験
世界には、多くの問題があります。問題というのは「あるべき姿」があるのに、「実際はそうなっていない」というケース、その他には「ある団体とある団体が、異なった主張をして衝突し決着をつける必要」のあるケースなどがあります。いずれにしても、世界のどこであろうと、あるいは特定の国の国内のものであろうと、問題があれば解決する必要がある、通常私たちはそう考えます。
けれども、問題には「解決しない」ことが正しい場合があります。台湾の方々には申し訳ないのですが、台湾の国際的な地位をめぐる状態については、「あるべき姿」というものはあると思います。そして現状はそうなっていないのが現実です。ですが、解決することはできないし、適切ではありません。余りに犠牲が大きすぎるからです。
台湾の問題の「あるべき姿」というのは2つあります。1つは、台湾が独立し、中国と相互承認し、国連に加盟するというシナリオです。2つ目は、反対に台湾が1つの省として中華人民共和国の一部になることです。そのどちらも、不可能です。台湾の人々だけでなく、周辺国も含めた犠牲が避けられないからです。
従って、台湾は「独立したいが宣言はできない」存在であり、中国から見た台湾は「併合したいが当面は不可能な」存在という2つの側面を持ち、この2つの正反対のベクトルが拮抗することで、全体が危うい安定を構成しています。この現状をいかに維持していくかというのが課題であり、その他には課題の設定は難しいと思います。
それにしても、台湾の現状というのは理念的な矛盾に満ちています。大きく分けて、3つのパラドックスが成立していると言えます。
1つは、国民党と共産党の関係です。1949年に国民党の中華民国では、抵抗勢力である共産党の勢力が拡大していました。いわゆる国共内戦ですが、その結果として、自由経済を掲げた国民党は大陸を追われて台湾に逃げたのでした。そして、台湾の支配者となって共産党に対抗したのです。
この国民党は、いずれ共産党に勝って本土を回復するという主張は、蒋介石死去後もタテマエとしては残っており、「光復中華」(中華を取り戻せ)というようなスローガンが少なくとも1980年台末までは全国に掲げられていたのでした。
そんな中で、国民党の蒋介石にとっては「台湾独立」というのは危険思想でした。国民党に従って本土からやってきた「外省人」ではなく、台湾土着の「内省人」の間には、戒厳令を敷いて反対派を粛清していた「右のファシスト」である蒋介石は恐怖でしかありませんでした。その蒋介石は、内省人の中で「独立派」とみなした人物は拘束して処刑していたからです。
後に、初の公選された総統となった李登輝氏は、蒋介石の時代は「安心して眠ることはできなかった」と繰り返して述べていましたが、独立派であった李氏には蒋介石時代というのは暗黒だったのでした。その時代があまりに暗黒であったために、台湾では日本の植民地時代(1895年から1945年の50年間)については、比較するといい時代だという記憶が残る、それほどに蒋介石は悪道を極めていたのでした。
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