岸田首相の「聞く力」はどこに消えた?
個人的な話で恐縮ですが、私は長年LGBTの方たちと共同で行っているHIVに関する調査研究に関わってきました。
そこでわかったのは、「何が偏見になってしまうのか、何が彼ら彼女らを傷つけてしまうのか、わからない」ということでした。
例えば、一般的に性的マイノリティに対して、「LGBT」というワードが使われていますが、L=レズビアン、G=ゲイ、B=バイセクシャル、T=トランスジェンダー以外にも性的マイノリティはいるので、LGBTと一括りにしてしまうことで「見えなくなってしまう」問題がある。世界では、女性、男性、LGBTに属さない人たちがいることから、「LGBTQIA+」「LGBTs」という言葉を使うのですが、これは「あなたたちのこともちゃんとわかってます!」というメッセージでもあります。
同じ「L」、あるいは「G」などであっても、生きづらさを感じる局面は多種多様。当事者の人たちに関われば関わるほど、何が問題かが、わからなくなってしまうのです。
理解できたと思ったようなことが、一瞬にして打ち壊される経験を何度もしました。「傷つけたくない」と思えば思うほど、意図せず傷つけてしまうことに敏感になり、「どうすればいいですか?教えてほしい、聞かせてほしい」と、ぎこちなくなる。
私は本当に寄り添っているのか? 私の理解で本当にいいのか? 自分が本当に偏見をもっていないのか? と、不安だらけです。
でも、そのぎこちなさや不安があるからこそ、色々と話してくれたりもするわけです。そして、深いところで理解できなくても、「知りたい、傷つけたくない」という気持ちが相手に伝わることで、「差別の輪郭」がおぼろげに見えてきます。制度や政策の不備に気付かされるのです。
政治に必要なのは、「わからない」という謙虚さではないでしょうか。聞く力とは、こういう問題でこそ求められている。
すべての人に「幸せになる権利」があるのですから、「差別は絶対に許さない」という断固たる姿勢を明確にし、そのための法整備をする。それが政治家の仕事です。
岸田首相は旧統一教会問題に対して、一貫して「政治家が自らしっかり説明する」との方針を示していますが、ここでの「しっかり」とは何か?
差別発言のあったお二人を起用したことについて、岸田首相にしっかりとお話ししてほしいです。
みなさまのご意見、お聞かせください。
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image by: 首相官邸ホームページ