ドイツが発表、即座に性別変更が可能な「自己決定法」の意義と問題点

 

ブッシュマン氏とパウス氏にとって、これまでのトランスセクシャル法の何が問題だったかというと、この法律がトランスジェンダー人間を病人扱いにしていること。さらに、鑑定書作成のために、精神科医がプライベートに関する多くの屈辱的な質問をしなければならなかったことが挙げられていた(また、鑑定費用が申請者持ちであることも)。「誰であろうと、他人の性的アイデンティティなど鑑定できない」。つまり、今度の法案は、「自分が自分であるための自由の確立」というのが、彼らの主張だ。

性別というのはD N Aのもたらす結果なので、生まれた時、確かにD N Aの異常などで、男女の判断がつきにくいケースがあるという。しかし、出生届には男女のどちらかを書かなければならないため、後でトラブルが起きることがあった。だからこそ、これまでは、医師の鑑定などの経過を経て、性別の変更が認められていたわけだ。これが差別かどうかは議論の余地があるだろう。

2021年12月に発足したドイツの新政権は、S P D(社民党)、緑の党、自民党の3党連立政権だ。首相府を担うS P Dと、連立党である緑の党はいうまでもなく左派政党。自民党は保守リベラルなので、経済政策やエネルギー政策などでは前者2党と対立することが多いが、しかし、L G B T Qについては問題なく共鳴した。リベラルというのは、その名の通り自由市場を信奉し、国が何かを規定、あるいは規制することを根本的に嫌うからだ。彼らにとっては、自由な経済活動のため、国家の権力は小さければ小さいほど良く、「性の自己決定」に対する共感もその一環と思えばわかりやすい。

一方、S P Dや緑の党にとっても、自民党とは違った意味で、やはり国家は邪魔な存在だ。彼らが最終的に目指しているのは、既存の国家という枠組みを超越したNo nations, no bordersといった新しい世界秩序だ。いろいろな国の人間が自由に流入すれば、自ずと国家や国境は崩れ、従来の家族制度も変化していく。彼らが難民・移民の受け入れに熱心なのは、人道上の理由だけではないだろう。

なお、左派の急先鋒に言わせれば、パスポートに、性別や、身長や、目の色などを書かなければいけないこと自体が、国家権力の暴走であるというから、話はこんがらがる。2018年からドイツのパスポートには、その国家の暴走を防ぐためか、性別欄に「男」「女」だけでなく、「その他」と書くこともできるようになった。求人広告ではすでに、「求む、男、女、その他」という書き方がスタンダードだ。

ただ、今回の「自己決定法案」について言えば、単に人権擁護や、L G B T Qの概念の強化とは言えないほど意味が大きいと思う。有史以来、男と女という観念を土台に作り上げられてきた国家の秩序が、根本から覆される第一歩となる可能性を含んでいるからだ。しかも、その大改革が、人権強化を前面に出して、いかにも簡単に実行に移されようとしている。

ドイツではすでに2017年、同性婚が従来の男女の結婚と100%同格になることが国会で決まった。つまり、結婚とは男女の間ではなく、2人の人間の間で成立するものだ。この同性婚の合法化に極端なまでにこだわっていたのも、やはりS P Dと緑の党だった。特に緑の党にとっては、男女の別というのはすでに意味をなさず、男女の性差も認めない。寛容な社会というのは、さまざまな差をあるがままに認める社会のはずで、多様性というのは、いろいろな考えの人がいてこそ多様なのに、今では何の差もないように振る舞うことが正しいとされる。

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