ドイツが発表、即座に性別変更が可能な「自己決定法」の意義と問題点

 

話を「自己決定法案」に戻せば、実は、これには現在、保守系の政治家、青少年心理が専門の医師たち、ドイツ倫理学会などから大いなる懸念が表明されている。問題は、18歳未満の思春期の子供たちで、彼らは属しているグループの雰囲気や、他人の極端な意見の影響などを受けやすい。そんな未熟で不安定な判断能力を過信し、性別を決定するという権利を与えてしまって、アフターケアはどうなるのかということだ。後悔したり、迷ったりで、性別変更を繰り返すことが望ましいはずはないが、今の法案ではそれも可能だ。

ちなみに、ハンガリーでは、青少年をこの風潮から保護するため、教科書や未成年用の映像などでL G B T Qの情報を与えることを禁止したが、それをE Uは「差別」だ、「人権侵害」だとして非難している。

なお、成人のトランスジェンダーに関してもすでに問題が起こっており、例えば緑の党では、地方選挙の際、党内のリストで女性候補を優先したため、本来なら男性だった人が、急に女性だと言い張って立つという嘘のような事件もあった。緑の党は、すでに党内では性別は自分で決められるとしているが、しかし、一方では男女の議席数を同数にすると言ってみたり、かなり論理破綻している。

また、スポーツ界では、やはり元男性のトランス女性が競技に参加してメダルを攫うというケースが問題化している。英国では、女性の留置所に入れられたトランス女性が、同じ部屋にいた女性2人を妊娠させるという痛ましい事件まで起きた。

私は、男でも女でも、あるいは、男と感じようが、女と感じようが、法律を犯したり、他人に迷惑をかけたり、傷つけたりしなければ、皆が共同社会の一員として助け合い、認め合いながら、それぞれの幸せを追求して生きていけば良いと思っているが、現在、社会がかえって息苦しくなっているのは、「差」と「差別」が混同された結果、一切の「差」が存在しないように振る舞わなければならなくなった結果ではないかと思っている。

今年中に国会を通過する予定の「自己決定法案」だが、これにまつわる現代社会の理想の姿の追求は、これからがいよいよ本番になるだろう。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

image by : Jeppe Gustafsson / Shutterstock.com

川口 マーン 惠美

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