日本最大の前方後円墳として有名な仁徳天皇陵ですが、実際の仁徳天皇とはどのような人物だったのでしょうか? 今回のメルマガ『歴史時代作家 早見俊の「地震が変えた日本史」』では時代小説の名手として知られる作家の早見俊さんが、仁徳天皇についての逸話と、インディ・ジョーンズとの意外な関連について語っています。
この記事の著者・早見俊さんのメルマガ
仁徳天皇陵とインデイ・ジョーンズ
日本史上で最初に記録が残っている地震は、允恭5(416)年7月(新暦8月)、現在の奈良県明日香村付近で発生した允恭地震です。日本書紀に記されていますが、地震の詳細については不明です。元号が制定される以前、日本史上の記録は天皇の在位年で記録されていました。
允恭天皇は第19代天皇です。父親はあの仁徳天皇です。あの、と記しましたのは、仁徳天皇が善政を行った徳のある天皇として知られているからです。
ここで話は飛びますがコロナが流行し始めた頃、様々な支援制度ができました。また、支援策と共に消費税減税を提案する経済アナリスト、有識者がいました。消費税撤廃という極論もありましたね。コロナが終息するまでという期限付きの減税措置を行うべき、という声が多かったと記憶しています。
そうした消費税減税を提案する人々に仁徳天皇を引き合いに出す声が少なからずありました。
仁徳天皇は民の竈から煙が上がっていないのを御覧になり、生活が困窮していると察して租税を三年免除したのです。民の暮らしに配慮した仁徳天皇の政治を善政と捉え、消費税減税、あるいは期限付きで免除を唱える声が上がったのでした。
しかし、それは実現しそうにもありません。
仁徳天皇といえば巨大古墳ですね。墳丘長528メートル、高さ39.8メートルの巨大な前方後円墳です。大阪府堺市にあります……と筆者が中学、高校の日本史では学んだのですが、現在では仁徳天皇陵ではなく、大山古墳(だいせんこふん)と呼ばれることが多いですね。厳密に仁徳天皇の陵とは断定できない、という学説が出てきたからです。ただ、平安時代の法令集、「延喜式」には仁徳天皇陵とする記述があり、堺の史書も仁徳天皇陵として認識されています。
ところで、仁徳天皇陵について面白いエピソードがあります。
ステイーブン・スピルバーグ監督、ハリソン・フォード主演の大人気シリーズ、『インデイー・ジョーンズ』はご存じのように考古学者が主人公で、世界中の遺跡が舞台になります。仁徳天皇陵を舞台とした作品も企画されたそうですが、天皇陵を管理する宮内庁の許可が下りず、実現しなかったとか。
仁徳天皇陵を巡るインデイ・ジョーンズの冒険、見てみたかったですね。また、豊臣秀吉は仁徳天皇陵で鷹狩りをした、と伝わってもいます。
(メルマガ『歴史時代作家 早見俊の「地震が変えた日本史」』2022年9月9日号より一部抜粋。この続きはご登録の上、お楽しみください)
この記事の著者・早見俊さんのメルマガ
image by: Shutterstock.com