過激な脱原発と脱石炭のツケ。ガス不足で国民凍死危機に瀕する国

 

エネルギーを総括しているのは前述の通り、緑の党率いる経済・気候保護省。緑の党は、昨年12月にショルツ首相(社民党)の下で新政権に加わったとき、1日も早く脱炭素を実現するべく、連立協定書に多くの意欲的な政策を盛り込んだ。従来の「経済・エネルギー省」という名称を、「経済・気候保護省」に変更したのも、気候一本槍で突き進もうとした緑の党の心意気の表れだ。

例えば、石炭火力は2030年の終了を目指し、道路からはガソリン車やディーゼル車を駆逐する。再エネ開発をさらに加速し、暖房もガスから電気に変換。緑の党にとってとりわけめでたいのは、50年来追い求め続けてきた「脱原発」が、奇しくも自分たちが政権党である今年、完成することだ。それにより、「危険極まりないテクノロジーである原発」は永久にドイツの国土から消える。そして、ドイツは平和で、民主的で、多様性に満ち溢れた、世界で唯一「エネルギー転換」を成功させた国になる。緑の党の夢は限りなく大きかった。

ところが、ロシアのウクライナ侵攻で夢はあっけなく崩落。以来、ハーベック氏は方向転換というよりも右往左往を余儀なくされている。氏は最初、「全てはプーチンのせい」と言っていたため、当初は国民の間にも、「プーチンに打ち勝つために皆で艱難辛苦を共にしよう」といったムードがあった。“平和(フリーデンFrieden)のために凍えよう(フリーレンfrieren)”といった語呂合わせのスローガンまで飛び出したほどだ。

しかし、ロシアガスがほぼ完全に止まってしまった今、そんな精神論では何も解決しないと皆が気づいた。6月にはハーベック氏は、貴重なガスを節約するため、発電には予備として待機させてあった褐炭(質の悪い石炭)火力を稼働すると発表した。冬に凍えないため、そして産業を完全に麻痺させないためには、ガスの備蓄を確保するしか方法はない。ガスは「1kwhでさえ無駄にしてはいけない」とハーベック氏。これまでCO2を毒ガスのように扱ってきた緑の党としては、褐炭火力の投入はまさに苦渋の決断だったろう。

2020年のドイツのガス輸入は、ロシアからが55%で、続いてノルウェーの31%、オランダの13%だった。ノルウェーとオランダとはパイプラインがつながっている。ただ、今後、この2国からの輸入が急に増えることはあり得ず、ハーベック氏はカタールや米国やカナダなどにガス乞い行脚に勤しんでいる(9月24日にはショルツ首相もサウジやアラブ首長国連邦に出向いている)。しかし、どこも長期契約への対応で手一杯ということで、すぐにはドイツの大量の注文には応じられない模様だ。

また、もし、調達できても、これらは全てLNG(液化天然ガス)なので値段が高い上に、そもそもドイツにはLNGをガスに戻すためのターミナルが1基もない。これまでロシアからの安い生ガスがあったので、ターミナルに投資する企業などなかったのだ。また、環境団体もLNGなど不必要としてターミナルの建設に反対し、実は緑の党もそれに同調していた。しかし、そのハーベック氏は今、今年中に1基目のターミナルを完成させると豪語している。

現在、ガスの備蓄を増やすという目標と、ガス高騰に対する恐怖が相まって、真面目な国民が冷たい水で手を洗ったせいか、ドイツ全土の地下に40カ所もあるという備蓄タンクは、冬の到来前にほぼ満杯にできる見込みだという。そして、その備蓄がいつまでもつか、鍵を握っているのが冬の気温だ。冬が厳しいものになれば、備蓄タンクは1月末には空っぽになる。つまり、その場合は、家庭を守るため、まず、産業への供給が止められることになる。

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