宗教界の「はみ出し者」だった旧統一教会
ところで、統一教会はキリスト教と関係があるのだろうか。文鮮明は自分が唯一神の啓示を受けたといい、再臨の救世主であるといっていた。しかし、キリスト教側から見れば、これを全く敵視していたといって良い。
1993年にIARFが中心となって万国宗教会議百周年記念日本大会を伊勢市で開催した時、私は事務局を統括していたが、参加教団の中から、統一教会が紛れ込んでいたら参加できないとの苦情が表明された。
当時の統一教会は様々な団体名を使って社会に潜り込んでいた。困った私を助けてくれたのはカトリックだった。数百名の参加者の中から、統一教会の関係者を3名、選び出してくれたので、彼らの参加を丁寧にお断りして、無事大会が実施されたことを覚えている。すなわち、宗教界のはみ出し者が統一教会であった。
幸か不幸か文鮮明教祖は2012年に死亡し、統一教会もその妻の韓鶴子氏を指導者とし、組織の名前も世界平和統一家庭連合と変更し、その活動も穏健なものに変化すると思われた。しかし、相変わらず強引な集金活動を続けているようで、その結果が今回の銃撃事件となったと思われる。安倍元首相にとっては不意の事故にあったようなもので、誠にお気の毒であるが、それとは別に、統一教会の反社会的な活動は調査され、規制されなければならないと思う。
日本の神社に信者が出入り。統一教会との接点とは
最後に統一教会と神社界との関係について述べておく。愛知県神社庁に統一教会の信者が出入りしているのを発見したのは、随分以前だ。事務局に注意を促し、しばらくすると姿が見えなくなった。当時、日本を守る国民会議の愛知県支部事務局が神社庁に置かれていた関係ではなかったか。
神社界はこれを統一教会とは知らず、まして宗教関係とは知らず、ただただ勝共連合という反共組織として提携していた。これが現在の日本会議まで続くことになる。日本会議の中核的な思想は、生長の家原理主義(現在の「生長の家」の思想とは異なる)だが、実行部隊は統一教会である。統一教会が宗教ではなく、政治活動が主体であるということがよくわかる。
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現在の世界平和統一家庭連合のホームページを見ると、「人生とは愛の完成の追求」であり、人々が「神を中心として、愛を育て幸せを作る家庭」を作り、それを世界に広げることによって「世界は文鮮明総裁と韓鶴子総裁を父母とする家族となっていく」と書かれている。
儒教を基礎とする家族主義であり、文鮮明を指導者とする「修身斉家治国平天下」の実現と読み取れる。これは習近平の儒教的社会主義と同様の偽共同体理論であり、神社界が大好きな「天皇が知ろし食す王道政治」にも通底する。こんな理論に現代人は惑わされてはいけない。
記事提供:清州山王宮 日吉神社 三輪隆裕 宮司のブログ:http://hiyoshikami.jp/hiyoshiblog/
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