相当程度傷みが進んでいるこの国の民主主義
野党側にこうした事情があるからこそ、岸田首相は、「解散権」の旨味を享受できたといえるのだが、むろん来年秋の自民党総裁選での再選をめざし、最も効果的な解散・総選挙の時期を探ってきたのも間違いない。
今年3月に東京・赤坂の日本料理店で自民党事務総長の元宿仁氏と約2時間にわたって会食したさいには、G7広島サミット後の6月解散が頭にあったはずである。元宿氏は2000年以降、ある一時期を除き、自民党本部の事務方トップとして君臨してきた人物で、政治の裏側を誰よりも知っている。解散ともなれば、いちばん世話にならなければならないのが党本部の事務方だ。
思惑通り、サミット後に内閣支持率は上昇した。しかし、その後、息子の翔太郎秘書官による忘年会問題が週刊誌に報じられて躓き、マイナカード、マイナ保険証の相次ぐトラブル発覚が追い打ちをかけたうえ、LGBT法成立への拙速な議論の進め方で「岩盤保守層」に見放されたことも災いして、支持率は下落に転じている。
自民党が6月10日ごろ、全国的に実施した情勢調査にも、マイナス傾向があらわれた。解散総選挙を行った場合の議席予測は自民党220議席(42減)▽立憲114議席(17増)▽維新75議席(34増)などとなっていた。しかも東京における自民党と公明党の選挙協力が破談となり、自公体制に暗雲が垂れこめている。
岸田首相の熱は急速に冷め、抜きかけた「伝家の宝刀」をいったん鞘におさめた。だが、早くも「9月解散・10月選挙説」が台頭している。「常在戦場」とはいえ、これでは議員諸氏にはじっくりと勉強するヒマもないだろう。
そもそも論として、いったい「解散権」とは何だろうか。憲法には「内閣の助言と承認により、天皇の国事行為として行う」(7条)「衆議院で内閣不信任決議案が可決された場合に、10日以内に衆議院を解散するか、内閣総辞職をしなければならない」(69条)と規定があるだけだ。
7条には、どういう条件で「解散権」を行使できるのかの定めはない。それをいいことに、日本国憲法の施行後に行われた24回の解散のうち20回は、7条を根拠として首相が好きなタイミングで行ってきた。民意を問うというのは口実で、「自己都合解散」ばかりが横行してきたわけだ。
69条にも、内閣不信任案が出されただけで解散できるのではなく、可決されたら解散するか内閣総辞職をしなければならないと定められているのだ。自民党の森山選挙対策委員長が、不信任決議案の提出は衆院解散の大義になるという考えを示したさい、その誤りを指摘したメディアが一社でもあっただろうか。
解散権をちらつかせ、国会の議決まで指示したと言って平然としている岸田首相。それを当たり前のように受けとめ、早耳競争に明け暮れる大メディア…。この国の民主主義は相当程度、傷みが進んでいるようだ。
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image by: 首相官邸









