アップルを過小評価していたソニーのベテラン社員たち
五つ目は、スマホやSNSの浸透で消費行動が様変わりしたことです。従来のマーケティング手法や広告宣伝手法が通用しにくくなり、口コミや知り合いの推薦などが消費行動に大きな影響を与えるようになりました。また、企業は、自社商品や自社に対するネガティブな情報への対応を誤ると、仮に自分たちに落ち度がなくても、たちどころに悪い噂が広まってブラック企業のレッテルを貼られるなど、消費者と企業の力関係も様変わりしました。新たな販売手法やユーザーへのアプローチに関しては、未だ日本のメーカー各社では試行錯誤が続いている状態かと思います。
次に、内的要因としては、前述のようなさまざまな外部環境の変化に対して、企業体質や経営スタイルがいまだに「昭和型」のまま、というところが多く、変化に先行するどころか、すばやく追随して新たな勝ちパターンを生み出すようなことがほとんど出来ていません。
企業体質として、これまでにこのメルマガでも何度か指摘してきた「フィックストマインドセット」が支配する企業が多く、失敗やミスを恐れて現状変更を嫌う体質が根強く残っています。意思決定においても、権限移譲があまり進んでおらず、稟議などで時間がかかり過ぎる仕組みがあまり変わっていません。グーグルが、「即断・即決・即実行」の「リアルタイム経営」「超高速経営」を実践しているのとは大違いです。
最後に、私の体験談として、以上説明した外部環境の変化を、内部環境の問題により読み間違えて大苦戦を強いられた典型的な事例を一つ紹介します。
ソニーは、ウォークマンと名付けた商品で、「パーソナルオーディオ」という新たな市場を創出しました。携帯デバイスを持ち歩くことによって、音楽を聴くという体験をパーソナライズしたのです。また、フィリップスなどと協力してCDを生み出したことにより、オーディオの世界をアナログからデジタルに移行させることにも逸早く成功しました。
しかしソニーは、パーソナルオーディオの次のステージとして、MD(ミニディスク)の時代を想定して、ここに継続的な投資をしてしまいました。しかし、MDの時代が来ることはなく、パーソナルオーディオの世界は、ネットワーク経由でMP3の楽曲をダウンロードしたり、ストリーミングで聞いたりするまったく別の方向に進みました。そしてそこにアップルが投入したiPod/iTunesによって、盤石と思われたウォークマンの牙城をアップルに奪われてしまったのです。
もともと、私はパーソナルオーディオとはまったく縁のない部署にいたのですが、何故か、当時の経営陣から懇願されて、アップル対抗のプロジェクトの陣頭指揮を執る、という巡り合わせとなりました。着任して最初に衝撃を受けたのは、長くウォークマンで連戦連勝を続けてきたパーソナルオーディオのベテラン社員たちの多くが、鼻であざ笑うようにアップルを過小評価していたことです。パーソナルオーディオの世界におけるユーザーの体験価値が、ネットワークオーディオやiPod/iTunesによって激変しつつあることを、深刻な危機として正しく受け止め切れてなかったのです。
アップル対抗のモデルを検討する商品企画会議の議論などで、単純に音質を向上すれば巻き返せると楽観していたり、中には、ウォータープルーフモデルを出して対抗すればよい、などと真顔で提案してきたりする人がいて大いに閉口しました。
何ごとも、慢心や驕り、油断というのは恐ろしいものですが、今回はここまでにして、この続きはまた次回で書きたいと思います。
※本記事は有料メルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』2023年7月14日号の一部抜粋です。興味をお持ちの方はこの機会にご登録ください。
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