日本は大差で最下位。なぜ日本人は世界一「人助け」が下手なのか?

 

例えば、困っている人が推定75歳の女性で、助けようという人が推定38歳の男性だとします。これが昭和の時代であれば、男性が屈強でなおかつ定職があるなど社会的に安定している人で、女性の方がやや疲れた表情で身なりもやや粗末という場合には

「おばあちゃん、ダメだよ。無理しちゃ…」

という男性の「上から目線の声掛け」が一応セリフとして機能し、これに対して女性の方は

「すみませんねえ。年寄りのくせに荷物抱えて隣の駅まで歩こうと思ったのが間違いでした…」

と「へりくだりモード」で応じれば、そこで「取引成立」となり、男性は何も困らずに人助けができて、女性はそれに甘えることができたのです。

反対に昭和の時代であれば、荷物を抱えて困っているのが推定68歳の男性、これに対して助けようか迷っているのが、28歳の女性といった場合であれば、女性が手助けを申し出ても「老人をバカにするな」的な男性のプライドが邪魔をするのは目に見えているので、女性は声掛けをしなかったと思います。

とにかく、昭和の時代には「その場における上下関係」を計算して、暗黙のうちに「初対面同士の関係性」を計算し、それに相応しい「関係性の日本語」を繰り出していけば、何とか意思疎通はできたのでした。

ところが、2000年前後ぐらいから、こうした「関係性の公式に当てはめる」というのが難しくなって来ています。ハッキリ申し上げて、関係性の公式を絞り込めない、初対面同士の場合に、「声掛け」自体がリスクになっているのです。

 

例えば、この例の場合も「おばあちゃん、ダメだよ」といきなり男性が声をかけるというのは今はアウトだと思います。まず、初対面なのにいきなり短い距離感で声掛けをするのが、人によっては不気味だと思います。また、「上から目線」を不快に思う場合もあるでしょう。

となると、関係性を最小値にして、距離を取り慎重にアプローチするとして、

「すみません。荷物重そうでお困りのようですが、少しお手伝いしましょうか?」

とやったとして、今度は「丁寧さが気持ち悪い」とか「もしかして詐欺師とか悪いやつでは」と警戒されるリスクもあるかもしれません。

これが子どもが絡むともっと複雑になります。都市部では、大人が初対面の子どもに対して頼み事は勿論、挨拶をするのも場合によってはタブーになっており、「声掛け事案」ということになります。そうなると、例えばですが、明らかに道に迷って困っている子どもがいたとしても、「声掛け」によって自分が犯罪者扱いされるリスクを考えると支援を躊躇する場合も出てくると思います。

とにかく、現代の日本語では、初対面同士が安心して必要な申し出をするような「日本語の会話スタイル」というのが崩壊してしまっています。そして、長い期間続いたコロナ禍がこの傾向に拍車をかけていると考えられます。

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