盛りの花~世界経済・市場の注目点
<「日銀騒ぎ」はそれほど騒ぐようなことではない、ではなぜ日本株安・円高が「始まった」のか>
先週の「日銀騒ぎ」については、「過ぎし花」で簡単に触れました。
まず、具体的に何があったか、ということですが、前号の当メールマガジンで述べたように、先々週は2/29(木)に、高田日銀審議委員が、滋賀県大津市での金融経済懇談会に出席し、「2%の物価目標の実現が視野に入ってきている状況。その認識に沿って3月、その次も対応していきたい」と述べました。この発言により、マイナス金利解除(利上げ)について、4月会合時より3月(金融政策決定会合は3/18(月)~3/19(火))の可能性が高い、との観測が市場に広がりました。
続いて先週は、中川審議委員が、3/7(木)に島根県松江市で講演しました。ここで中川氏は(2%の物価安定目標の実現について)「着実に歩を進めている」と語り、緩和縮小が早めだ、との観測に、力を貸しました。
さらに中川氏はYCC(イールドカーブコントロール)や株式ETFの買い入れなどについても、「修正の要否について判断することになる」と語ったことから、その修正の時期のメドは「2%の物価目標の実現が見通せる状況に至った場合」との条件付きではありましたが、株式ETF買い入れの見直しが近いとの思惑も生じて、株価への打撃となりました。
3/8(金)には、時事通信が、新しい枠組みを日銀が検討していることが「明らかになった」と報じました。その枠組みとは、
- YCCを廃止する(長期金利の水準を金融政策の目標とすることをやめる)
- 国債購入量を政策目標とすることを、改めて表明する
- 国債購入量は、当面は、現在の購入量である月間6兆円を軸とする
- 長期金利が高騰し市場が混乱するようなことがあれば、購入量を増やして対応する(その一方で、ある程度の金利上昇なら容認するかもしれない)
というものだ、との報道です。
さらに同日にロイターが、「日銀の考えに詳しい匿名の関係者4人」の発言として、3月のマイナス金利解除に傾く政策委員が増えてはいるが、3月と4月のどちらに動くかはまだ決まっていない、と報じました。
こうした政策委員の発言並びに諸報道が、先週「日銀騒ぎ」とでも呼ぶべき日本株と円相場の波乱を引き起こしたわけです。ただ、こうした材料を騒ぐべきかと言えば、騒ぐのはやり過ぎだ、と判断します。
というのは、元々3月か4月に利上げ(民間銀行が日銀に預けている準備預金の一部に、マイナス0.1%の金利を課しているものを、ゼロか0.1%に引き上げる)だと、多くの専門家や投資家が想定していたはずです。どちらかと言えば、3月説より4月説の支持者が多いとはされていましたが、それでも3月のマイナス金利の解除が、驚くような想定外の事件だとは言えません。
また、3月の利上げと4月の利上げの違いだけで、今年の日本経済や株価・円相場の方向性が、著しく異なるわけではないでしょう。
加えて、金利を引き上げるといっても、上述のように、せいぜい0.1%か0.2%の幅に過ぎず、急激で大幅な利上げが実施されるわけではありません。金利の水準も利上げ後でも低く、金融引き締めというより緩和の縮小、と呼ぶべき状況です。
観測報道のように、YCCを撤廃して国債購入量に政策の主軸を移すとの点については、多少の長期金利の跳ね上がりは容認しても、急速で大幅な金利上振れは抑制されるでしょう。
株式ETFの買い入れ方針の変更はいずれはありうるでしょうが、それは3月のこととは見込みにくく、将来手をつけるとしても、いきなりETFの売却を始めるのではなく、とりあえず買い入れ額の縮小か停止にとどめ、売却があるとしてもかなり先でしょう(売却を急ぐ理由は日銀にはありません)。
と考えれば、日銀の3月金融政策決定会合での政策変更を、余りにも騒ぎすぎる必要はない(先週の株安や円高の主要因が日銀絡みだ、とするのは妥当ではない)と判断します。
では、足元の日本株安や円高が不当かと言えば、まったくそうではなく、先週のみならず今後も株安と円高が進むのが当然だ、と筆者は見込んでいます。というのは、株は買われ過ぎ、円は売られ過ぎで、その正常化(株安・円高)は、日銀が動こうと動くまいと、進行していくと考えているからです。
日本株については、企業の経営改革が進む、企業収益が好調だ、日本経済もデフレを脱却して健全なインフレに進む、そうした点に着目して海外投資家が日本株を買っている、との声が市場で大いに聞こえます。企業が増益を謳歌し、日本経済がインフレになるのであれば、日銀が金利を上げて当然でしょう。
企業収益の改善やインフレの進展がありながらも、日銀が金融緩和をずっと続けてくれる、という都合の良い思惑で日本株が上がってきたとすれば、日本株は明らかに買われ過ぎでした。そうした行き過ぎた楽観に、先週の「日銀騒ぎ」が、ちょっとだけ冷水をかけただけです。ほんの少しの冷水で、ガラガラと日本株が崩れていくとすれば(崩れていくと筆者は予想しているのですが)、それはやはり足元の日本株高の脆弱性を露呈するだけだ(さしたる実態面の悪材料はない)と判断します。
日銀による株式ETFの買い入れの見直しについても、述べたような好材料だと挙げるものをはやしてブイブイと日経平均が4万円を超えていたのであれば、多少日銀がETFを売っても(ましてや売らずに買いをやめるだけで)株価が崩れ落ちることはないでしょう。もしくは、既に4万円を超えた日経平均について、日銀が株式ETFをさらに買い入れて、もっともっと株価を押し上げて行ってくれ、と望んでいるのであれば、それは「ぜいたく」「高望み」だと考えます。
これまで暴騰していた株価が、ちょっとした株式ETF買い入れ方針の変更程度で大きく下落に転じるとすれば、株式ETF買い入れの見直しが問題なのではなく、そうしたちょっとしたきっかけで崩れ落ちる株価の方に問題があり(それだけ株価が、実態から空中に舞い上がった砂上の楼閣であって、これから地面に叩き落される)、そうした「不都合な真実」が、明らかになるだけです。
円相場については、投機筋の円売りで、円安気味の推移(少なくとも、円高に転じにくい相場付き)が続いていました。
シカゴ先物市場における、円先物の売り越し残高(売り残高-買い残高)は、先々週(2/27(火)時点)で132705枚(1枚は1250万円)に達していました。これは、2017年11月14日(火)の135999枚以来の高水準でした。先週(3/5(火)時点)では、売り越し残高は118843枚に若干減少はしたものの、高水準で、投機筋が先物での円売りをかなり積み上げていたものとわかります。
こうした投機的な円安気味の動きに対して、多くは「新NISAで、個人の巨額の資金が海外証券に(直接、あるいは投信を通じて間接に)流れ込み、それが円売り・外貨買いを引き起こして円安気味になった」との解説が後付けでなされていました(さらには、「個人が円安を引き起こしていて、円安だから日本の輸出株は上がってよい」との主張)。
個人は新NISAで、日本株より米国株や幅広い国々の株式への投資を志向していることは事実のようですが、巨大な為替市場を、新NISAの資金だけで揺り動かした、という説は、誇張があったように思います。そうした円安の根拠は、実は怪しいものだった、と言えましょう。
足元「日銀騒ぎ」で円高に振れたのは、日銀の政策変更が円高を引き起こす大きな力であった、というより、円安をもたらした投機筋の円売りが、「日銀騒ぎ」を単なるきっかけとして、円買いに巻き戻された、ということなのでしょう。
このように、足元までの円安も根拠が脆弱なものであったとすれば、円安を頼みにした日本の輸出株買いも、先行きが危ういように懸念します。
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