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さて、ここからは人類にとって最も喫緊の多様性である文化的多様性の歴史的変遷について述べたい。文化的多様性は同一種の異なる地域個体群が遺伝的変異に基づかないで、多少とも異なる生活様式を採ることであり、模倣とか学習とかの能力を持たない生物には見られない。

霊長類にはよく見られ、幸島のニホンザルのイモ洗いとか、チンパンジーのアリ(シロアリ)釣りとかがよく知られた例である。イモ洗いは、宮崎県の幸島で一頭の若いサルが、泥を落とすためにサツマイモを洗い始めたのをきっかけに、他のサルたちも真似をし始めて、幸島のサルたちの文化になった。チンパンジーは道具を使ってアリやシロアリを釣るが、釣りの方法や道具には、棲息域による変化が見られる。これも文化的多様性の例である。

約30万年前に出現した現生人類(ホモ・サピエンス)は農耕を発明する前までは基本的に狩猟採集生活を送り、バンドと呼ばれる血縁関係で結ばれる30人から多くて100人の集団で暮らしていた。ホモ・サピエンスがいつ言語を獲得したかは定かではないが、5万年くらい前にはすでに音声言語を使っていたという説が有力である。

農耕を始める少し前(1万年前より少し昔)には、バンドの成員は音声言語をコミュニケーションの有力な手段として使っていたであろう。言語は親から子に伝えられ、それ以外にも様々な生活様式(獲物の捕り方、道具の使い方、料理の仕方、死者の弔い方)などもバンドに特有の文化として伝承されたであろう。バンドが異なれば文化は多少違ったであろうが、バンドは気候条件やエサの多寡によって、離合集散を繰り返したと思われるので、それに伴い、バンドの文化も変遷したに違いない。

小麦や稲などの穀物の栽培は、栽培に適した土地があって初めて可能になる。栽培適地は限られているから、バンドの人たちが集まってきて多少大きな集落ができる。同一集落の人たちの間では、意思疎通がスムーズに行われないと不便なので、言語をはじめとした文化を共有することになり、同一文化に属する人数はバンドが集団の単位であった時代に比べると、桁違いに大きくなる。

集団が大きくなると、集団の秩序を保つ統治システムが必要になり、これは階級の分化をもたらし、支配階級と被支配階級を生み出すことになる。穀物の生産量が増えれば、集落の人数は増え、増えた人々は周辺の土地を開墾して、さらに生産量を増やそうとするだろう。しかし、生産量はその時々の天候や自然災害などの偶有性に左右されるため、穀物の取れ高が少ない年は、貯蔵してある穀物を食べ尽くすと、集落の人数が多いほど、飢餓に直面する人が増えるだろう。

このままでは餓死は免れないと考えた人たちは、周辺の集落に使者を送って、食べ物を融通してくれるようにお願いするかもしれないが、首尾良く行くとは限らない。最終手段は余所の裕福そうな集落を襲って、暴力を以て穀物を奪ってくることだ。戦争の始まりである。戦争は農耕を始めて、穀物を貯蔵することができるようになるまでは起こりようがなかったのだ──(メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』2024年3月22日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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