2024年バージョンのトランプは「もはや別人」情念の塊
そんな中で、冷静に考えてみると、2017年から2020年の選挙までをトランプの第一期とするならば、現在のトランプ派の運動、そして、その延長上に浮かんでくる「24年バージョンのトランプ現象」のイメージというのは、相当な違いがあるのを感じます。
まず、第一期のトランプ政権、とその政治というのは、アメリカ伝統の孤立主義、排外的な感情論、富裕層を中心とした減税ニーズへの満足提供、といった、過去のアメリカ保守にもあった保守政策・心情の組み合わせで出来ていました。ですから、当時は「トンデモ」だということで真ん中から左の世論を中心に驚いたり怒ったりしていたのでした。当時は様々な暴露本が出され、その内容はそれなりに驚かれていたということもあります。
ですが、現在の「24年バージョンのトランプ」というのは、政策のパッケージと言うよりも、情念の塊のようになっています。その情念の中には、バイデンの政策に対する「ちゃぶ台返し」をやりたいという衝動があります。また、これまで以上に排外や孤立へ向かう衝動もあります。その中核には「自分は体制への挑戦者、反逆者だ」という強い思い込みがあるようです。
そうした情念は、第一期にもありました。ですが、トランプが一旦選挙に落ちた2020年11月以降、そして現在における「24年バージョンのトランプ」には、決定的な3つの違いがあるように思います。
1つは、2020年の選挙結果を絶対に認めないし、選挙結果の変更を企図した21年1月6日の議会暴動は「義挙」だと開き直ることで「一線を超えて」いる点。
2つ目は、2022年2月に起きたウクライナ侵攻以降も、ロシアのプーチンへの理解を示し続けることで、西側の軍事外交政策とは「一線を画して」いる点。
3つ目は、ここまでお話した4つの訴訟はすべて自分への政治的弾圧だと開き直ることで、再び当選し権力を獲得することで、被疑者の立場から脱しようという露骨な「反転攻勢」を企図している点。
という3点です。そのために、コアな支持者は激しい情念をトランプに託す中で、トランプ派というのは政治運動と言うよりも、一種の「殺気の集団」になっているわけです。
例えば、現在は連邦下院のジョンソン議長が、トランプ派から吊し上げられています。というのも、ウクライナ+イスラエル支援予算を可決するように動いたからで、トランプ派の議員からは「いつでも解任動議を出す」と脅迫されています。
ジョンソン議長のクビがどうなるかは、全く予断を許さない状況ですが、彼は彼なりの深謀遠慮で、「(口だけは)2020年の選挙は今でもトランプが勝っていたと思う」と言い続け、また予算審議の前にトランプを訪問して忠誠を誓う演出もしています。それでも法案を通したことで、現在は激しく憎まれているのが現状です。
何を申し上げたいのかというと、「24年バージョンのトランプ」、そしてトランプ派というのは、第一期とは全く違うということです。いわば負の情念のエネルギーと化しているわけです。









