『ばっちゃん』に置かれていたマリオは海賊版『マサオジャンプ』か?
『塚口さんさんタウン』6階のゲーセンには、Aさんお気に入りの『マリオブラザース』も設置されていた。もしマリオがなければ、Aさんは『ばっちゃん』のほうにも、たまには顔を出すことになっただろう。それくらいお気に入りのゲームだった。
「『グラディウス』もそうですが『マリオブラザーズ』も、ファミコン版とアーケード版はまったく難易度が違うんですよ。ファミコン版は簡単すぎて、2人プレイの“殺し合い”以外はいまいち真剣になれなかった。一方、アーケード版はステージを進めると火の玉やつらら(氷柱)が多数出現するなど、1人プレイでもかなりやりごたえがありました。当時は、このマリオの“KO面のその先”をひたすら目指していましたね」(Aさん)
アーケード版の『マリオブラザーズ』は25面以降、ステージ数表記が「KO」に変わる。火の玉やつららの個数もゲームが処理落ちするレベルで急増し、本気でプレイヤーを始末しにくるのが特徴。カニやハエの処理中にミスをすると復活した敵の動きが超高速化し、ものの数秒で床はすべて凍結、複数の火の玉が飛び交うようになる。「POWブロック」を使い果たしている場合は特に立て直しが極めて困難なカオス状態に陥るが、それがAさんのゲーマー心をくすぐった。
そんなわけで『グラディウス』攻略中も、日課として『マリオブラザーズ』をプレイし続けていたAさんだが、ひとつだけ不満があったという。
「『ばっちゃん』に置かれていたマリオはアップライト筐体で、ゲーム中にも音楽が流れる仕様でした。しかも操作系はレバー1本(笑)。つまり、ジャンプするときはスティックを上に入れなければいけません。最初は拷問のように遊びにくいのですが、慣れるとマリオとルイージを左手と右手で同時に操る“1人同時プレイ”が可能になるというメリットがある。『ばっちゃん』には、自分を含めて数人その曲芸を得意とする小学生がいました。それに対して『さんさんタウン』のテーブル筐体のマリオは、他のゲーセンでも見かけるごく普通の仕様。自分としては『ばっちゃん』の1レバーマリオこそ本物のマリオだと思っていたので、左右レバーとジャンプボタンでの操作は、いまいち物足りなく感じていました」(Aさん)
Aさんが「これぞ本物のマリオ」と太鼓判を押す、ステージ開始時だけでなくゲーム中にも音楽が流れる仕様の『マリオブラザーズ』。思い出話に水を差すようで悪いが、調べたところ恐らくそれは、海賊版の『マサオジャンプ』ではないだろうか?
『マサオジャンプ』は、タイトル画面が「MARIO」ではなく「MASAO」になっている。さらにゲーム中に、なぜか『ドンキーコングJr.』の音楽が流れ、しかもそれが妙にゲーム進行とマッチしているのが特徴だ。ただ、内容的にはオリジナルの『マリオブラザーズ』と差異はないと思われる。
【関連】偽マリオブラザーズ(pest place) – YouTube
「あ、まさにこれです。音楽もたしかにこれでした。懐かしい(笑)。『ばっちゃん』では、これを1レバーで遊ぶのがスタンダード。それで10万点くらいは軽くいかなければ周囲に一目置いてもらえない、そういうヒリつくような緊張感がありました」(Aさん)
『ばっちゃん』の店番をしていたおばあちゃんは、いったいどういうルートで海賊版の『マサオジャンプ』を仕入れることになったのだろうか。左右レバー+ジャンプボタンのゲームが、無理矢理1レバー化されてしまった経緯も気になるところだ。実は相当な食わせ物だったか、それとも業者に騙されてしまったのか。当時の駄菓子屋界隈ではブートレグが当たり前で誰も気にしていなかったのかもしれない。
いずれにせよ、情報がここまで具体的なら、尼崎市の駄菓子屋ゲーセン『ばっちゃん』がAさんの白昼夢だった可能性は低いだろう。“1レバーマリオ(マサオ)”の試練を子どもたちに課したこの店は、おそらく1984年後半か1985年前半頃に潰れてしまうまで、地元小学生の社交場としてたしかに実在していたにちがいない。









