MAG2 NEWS MENU

81歳バイデン、最悪はNATO首脳会議中に「発作」も…ハリス擁立で収拾図る米民主党は老大統領にいつ引導を渡すのか?

11月のアメリカ大統領選を前にバイデン撤退論が声高に叫ばれはじめた。物議を醸した6月のテレビ討論会以降も復調の兆しはなく、“症状”は日ごとに悪化するばかり。衆人環視の状況で発作的な状況が偶発することだけは何としても避けたい米民主党はハリス氏擁立に動いているが、バイデン氏本人は選挙戦を継続できると思い込んでおり、あと数週間は今の状況が続く公算が大きい。米国在住作家の冷泉彰彦氏が詳しく解説する。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:ハリス擁立へ動く民主党

アメリカ大統領選挙2024 バイデン氏は引き続き「異常な状態」

それにしても、6月27日の「大統領選TV討論」におけるバイデンの様子は異常でした。そして、その後の展開も異常な進み方をしています。本稿の時点、つまり現地時間の7月8日の週明け月曜日の時点でも、バイデンは選挙戦からの撤退声明をしていません。

その一方で、民主党下院の大物であるアダム・シフ議員をはじめ、バイデン撤退論を口にする有力政治家は日に日にその数を増しています。異常というのは、これに対してバイデンが抵抗しているからだけではありません。そうではなくて、党内の状況、そして世論の状況を踏まえた的確な発信を、他でもない合衆国大統領が「全くできていない」ということにあります。

この間ですが、例えば5日の金曜日には、ABCテレビが、政治評論家ジョージ・ステファノポロスにバイデンと対談させたインタビュー番組が放映されました。バイデンの体調は、TV討論の際よりは良かったのですが、相変わらず語尾はもつれていましたし、何よりも「用意してきた回答」を必死に述べる姿勢が目立ち、生き生きとした対話にはなっていませんでした。

米民主党が絶対に避けたい「衆人環視の状況での発作」

この間の報道を総合しますと、バイデン周辺の状況は以下のようになっているようです。

「バイデン本人は選挙戦を継続できるしトランプにも勝てると頑なに思い込んでいる」

「家族と側近はこれを否定できずにおり、撤退を口に出す状況ではなさそう」

「民主党サイドはバイデン下ろしとハリス擁立に動いているが、本人の尊厳を傷つけることはできないとしており、作業的には停滞」

「議会民主党の撤退要求は本人には伝わっているが、バイデン本人は一切撤退しないとしており、改めて党の団結を求める書簡を送った由」

ということで、外濠は埋まっている一方で、とにかく本人へのアプローチが非常にデリケートな問題になっているようです。非常に不幸なことではありますが、恐らくは認知低下の初期に見られる軽症のうつ症状が居直った格好で出ているのかもしれず、仮にそうであれば周囲は対応に苦慮していると思われます。

何よりも、衆人環視の状況で発作的な状況が偶発することだけは、避けなくてはならないということもあります。

NATO首脳会議で「終わる」バイデン氏

そんな中で、現時点ではバイデン本人は今週の前半にはNATO首脳会議に出席します。午後8時以降の公務はしないということですから、夕食会などは欠席するでしょうが、首脳会議そのものは無難に「こなす」ことが求められます。

そのうえで、週の後半には「個人での記者会見」がセットされています。バイデンはこの会見を見てもらえれば、世論の評価も回復するという意味のことを言っています。ですが、実際のところは、この単独会見が恐らく、バイデンの命運を左右することになると言われています。27日のTV討論、5日のインタビューと同程度のパフォーマンスであれば、世論も民主党も最終的な引導を渡すに違いないからです。

「私は初の黒人女性大統領だ」直前の記憶すら保持困難か

それにしても、この間のバイデンは不思議な発言を繰り返していました。

「自分は初の黒人女性大統領」

「世界には多くのトリオネア(兆万長者?日本円換算で100兆円以上の富豪?)がいる」

いずれも、通常であれば仮に「言い間違い」をしたとしても、あまりに不自然な内容と気づくだろうし、自分の名誉を気にするのであれば即時に訂正をかける種類のエラーです。

ですが、このどちらもバイデンはスルーしていました。直前の記憶が飛ぶのか、判断が狂っているのか、とにかく痛々しい状況です。

とにかく、混乱は避けたいわけで、民主党もバイデン家も丁寧に時間をかけたアプローチを続けるということだと思われます。

日程的には、先程申し上げたように、バイデンのソロ会見が11日の木曜日に行われる模様で、ここが大きな山場になると思われます。その一方で、来週の15日からはミルウォーキーで、共和党大会が開催されます。

本来であれば、民主党としては15日の以前に戦闘態勢を組み変える必要があるわけですが、それはほぼ不可能ということで、タイムリミットは8月19日からシカゴで行われる民主党大会になります。

候補の入れ替えについては、このタイミングで行わないと、制度的に混乱が生じるからです。

そんな中で、最大の障害はバイデン本人の説得であり、本人が説得を受け入れることで個人としての尊厳が守られるというところへ、「どのように持っていくか」が問われている、これが現状です。

日々刻々と情勢は変化していますが、まだ数週間は掛かりそうな雲行きです。

バイデン後継は「カマラ・ハリス氏一択」米民主党の内情

では、その場合の後継はどうなるのかということですが、この点については、改めて予備選をやって壮絶に抗争する方が政治的エネルギーが出てくるという説もありました。壮絶な抗争をするかどうかは別として、ブティジェージ運輸長官、ニューサム加州知事、ウィットマー・ミシガン知事などを想定して、ガラス張りの後継争いをやるべきだという声は確かにありました。

ですが、今回の「バイデンの黄昏」という事態に直面する中で、民主党内では一本化の動きが進んでいます。それは、

ハリス後継

という一択です。非公式な情報としては、ハリス後継でクリントン夫妻、オバマ元大統領、シューマー上院院内総務、ジェフリーズ下院院内総務などは、ほぼ態度を固めているという噂があります。

理由としては大きく3つあるとされています。

1つは、2020年の大統領選挙の本選で、公式に全国へ向けて副大統領候補として選挙戦を戦い、勝っているという事実の重みです。副大統領に当選しているということの重さに対抗できる政治家は見当たらないのです。

2つ目は、現在バイデンが積み上げている選挙資金です。例えば4月から6月にバイデンは264ミリオン、つまり400億円以上の選挙資金を集めています。このカネは、実は全て「バイデン=ハリス選挙資金」として届け出がされています。

ということは、カマラ・ハリスが大統領候補の座を継承した場合には、全く問題なく使えるのです。ところが、ハリス氏以外の人物にカネを継承させるのは、一旦民主党本部を経由するとか、一部の大口寄付者からは確認が必要であるなど、様々な支障があるのだそうです。

3つ目は黒人票です。ジャマイカ(アフリカ系)とインドにルーツを持つハリス氏は、アメリカ黒人には絶対的な支持があります。これを他の候補に差し替えるというのは、黒人票がソッポを向ける危険性があり、事実上不可能という説があります。

ハリス氏が抱える「5つの課題」とは何か

ということで、党内では理解が進み、またテクニカルにも一番スムーズということから、「ハリス後継」という動きは静かにスタートしています。そして、どの時点になるかは分かりませんが、バイデン本人が納得して降りると宣言した場合、またはバイデンが誰の目にも明らかな破綻を来して、周囲からタオルが投入された場合には、この後継策が公然と動き始めることになるようです。

問題はその先です。カマラ・ハリスという人は極めて有能な政治家であり、何よりもその弁舌は雄弁そのものです。特に、9月10日に予定されている次回のTV討論で、トランプと一騎打ちになった場合には、彼女が才能を遺憾なく発揮できれば、トランプを圧倒し中間無党派層を一気に惹きつけるかもしれません。

その一方で、彼女は何点かの課題を抱えています。その課題があったために、2020年の大統領予備選では予備選序盤に撤退を余儀なくされているわけです。同じ課題を彼女は今でも背負い、更に副大統領として新たな課題も抱えてしまっています。

具体的には次の5点が指摘できます。

1点目は、その経済政策が大きな誤解を受けていることです。彼女は、サンフランシスコの地区検事、あるいはカリフォルニアの検事総長であったときもそうですが、基本的にマイノリティの人権を徹底して擁護する立場でした。人権の闘士というイメージは彼女のブランドイメージでもあったのです。

そこで多くの支持者がボランティアなどでハリス氏の事務所にやってくるのですが、そこでハリス氏の経済政策が「市場主義」だし「グローバリスト」だと知ると、落胆してしまうということが、何度も繰り返されているようです。つまり、人権の闘士なのだから、経済は社会民主主義だろうという思い込みから、彼女の経済政策が誤解されているのです。

勿論、現在のトランプ派はグローバル市場を忌み嫌ってますから、ハリス氏としては、健全な市場主義や国際分業を説いて国益の立場から、トランプの「一国主義ポピュリズム」との対決が期待されています。ですが、その前の段階として、彼女は市場主義者だということを、明確に訴えなければ、これまで彼女の選対や副大統領事務所で繰り返されてきた混乱が再現してしまいます。

反対に、人権の闘士だが経済は自由経済という組み合わせは、いい意味でクリントン=オバマ=バイデン路線を継承することになります。この点のしっかりした売り込みは彼女の大きな課題です。反対にこの点で失敗すると、トランプ派の言うような「ハリスは過激な社会運動の闘士で反米」だという誤ったイメージキャンペーンを利することにもなりかねません。

サンダース派と相性が悪いハリスの支持層「Kハイブ」

2番目は、民主党内の左右融和をどう継続するかという問題です。現在のバイデン政権は、穏健派と左派という本来は「水と油」である2つのグループを、ジョー・バイデンという史上珍しい老獪な政治家が一種のマジックを使って、1つにまとめることで成立しています。

バイデンは、サンダースやAOCの主張する強めな環境政策を丸呑みする代わりに、軍事外交、あるいは他の経済政策などでは左派から妥協を引き出しています。例えば、イスラエルのガザ攻撃についてなども、サンダースやAOCによる絶対反対という強硬姿勢を理解しつつ、是々非々で対応するなど、とにかく党内をまとめているのは事実です。

勿論、その影には「トランプという巨悪の前には何としても結束しなくては」という要素が働いているということもあるでしょう。ですが、とにかくバイデンでなくては「まとめるのは無理」というのが、この間の党内事情でした。

一方で、ハリスの場合ですが、このバイデン路線を完全に支持して支えてきたのは事実ですから、党内融和路線に賛成しているのは間違いないと思います。ですが、過去を振り返ると、とにかくサンダース派とは相性の悪さを露呈してきた歴史があります。

ハリスの人権+市場主義という政策パッケージには、実は強い支持グループがついています。人権の闘士だからハリスについていくという人は多いのですが、このコア支持層はあえて「人権の闘士+市場主義者」というセットメニューに意義を見出しているようです。

ちなみに、個人的には大いに共感できるパッケージでもありますが、それはともかく、このコア支持層は「Kハイブ」というハンドルネームでネット上では一定の存在感を見せたことがあります。

問題は、この「Kハイブ」の連中が、サンダース派とネット上では派手に立ち回りを演じてきたということです。中道が過激な態度で左派を論破にかかるというのは、特に経済施策の論争としては面白いのですが、とにかく心配なのは今でも遺恨が残っている可能性です。仮にハリスが一気に統一大統領候補として浮上した場合に、左派がこの遺恨からグズグズ言う可能性はあるわけで、まずはそこをどう乗り切るのかが難しいところです。

「ハリス大統領候補」は移民、軍事、経済にどう対応?

3番目は、南部国境の問題です。ハリスは、バイデン政権の中で「南部国境に押し寄せる難民問題」を担当していました。このことは意外とよく知られていますが、一般世論の印象としては「成果が上がっていない」というネガティブな評価が多いようです。更に、トランプ派になると「ハリスは中南米の移民を手引する悪魔」などと根拠も何もない罵倒を展開しています。

実際のところは、ハリスは初期のホンジュラス難民については、ホンジュラス政府の治安改善対策にコミットすることで、減らすことに成功しています。このことが、偏見の目で見る右派だけでなく、一般世論にも伝わっていないのは、スタッフの失態としか言いようがありません。とにかく、この問題がいい例ですが、実績があるのにアピールできていない状況というのは、早く改善しなくては行けないと思います。

4番目は、軍事外交です。ハリスは副大統領としてウクライナ支援にも強く関与していますが、彼女が動くとどうしても人権の闘いというイメージになってしまいます。それはそれで悪いことではないものの、更にその外側にある世界観というのは、十分に伝わっていません。例えば東アジア政策については、中国にしても北朝鮮にしても人権の問題を抱える一方で、それでも必要な交渉は継続する必要がある中で、ハリスの知恵と胆力、構想力はまだまだ未知数です。これでは困るわけです。

5番目は経済です。市場主義者であり、経済の原理原則は父親仕込で高度な理解力はあると思います。ですが、問題は現状にどう対処するかです。コロナ禍後の加熱した経済を、冷熱両方のマジックを使ってソフト・ランディングさせようとしている、パウエルFRBのマジックには一理あります。ですが、インフレをこれ以上抑制するには、どうしても景気の一層のスローダウンが必要になります。

この難しい舵取りをどうしてゆくのか、勿論、バイデンにもトランプにも答えはないはずです。ですが、ハリスの場合は、より説得力のある方針が求められるのは仕方がないと思います。果たしてそこで最善手を選択して、世論を説得し、結果を出すことができるのか、これは最初から大きなハードルになります。

とにかく、ハリスが仮に「民主党の統一大統領候補」としてデビューする際には、この5つの問題については最低でもクリアしておかないといけないと思います。

バイデンが「大破綻」してしまった場合のシナリオ

それとは別に、仮に今週のNATOサミットや、木曜の単独会見でバイデンが「大破綻」をしてしまった場合には、もう1つ別の問題が浮上することになります。それは、

「(シナリオ1)バイデンは選挙戦から撤退するものの、大統領職は任期満了の25年1月まで務める」

のか、それとも、

「(シナリオ2)バイデンは職務遂行に耐えられないので、大統領職を即時辞任して直ちにハリスが昇任する」

のか、という問題です。

現時点では、「シナリオ1」が民主党の共通理解であり、それがジョー・バイデンというベテラン政治家への礼節だということになっています。ですが、仮に「大破綻」が起きてしまい、そのことが隠せなくなった場合には、「シナリオ2」の発動という可能性も否定できません。

いずれにしても、ハリス本人は「あくまでバイデンを支える」という優等生発言しかしていません。と言いますか、それしか言えないという状況だろうと思います。ですが、恐らく一旦動き出してしまえば、事態は一気に加速することが考えられます。

カマラ・ハリスというユニークな政治家が、アメリカ国政の最高の舞台でどのように振る舞おうとしているのか、否が応でも注目を浴びる時期が、恐らく数週間のうちにやってくる可能性があります。

※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年7月9日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。「水道管の耐震化方針に足りない点」「熱中症対策、具体的な2つを即時徹底せよ」もすぐ読めます

この記事の著者・冷泉彰彦さんのメルマガ

初月無料で読む

初月無料購読ですぐ読める! 7月配信済みバックナンバー

※2024年7月中に初月無料の定期購読手続きを完了すると、6月分のメルマガがすべてすぐに届きます。
2024年7月配信分
  • 【Vol.542】冷泉彰彦のプリンストン通信 『ハリス擁立へ動く民主党』(7/9)
  • 【Vol.541】冷泉彰彦のプリンストン通信『米大統領選、仕切り直しの可能性』(7/2)

いますぐ初月無料購読!

<こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー>

初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込880円)。

2024年6月配信分
  • 【Vol.540】冷泉彰彦のプリンストン通信 『東京都知事選の論点整理』(6/25)
  • 【Vol.539】冷泉彰彦のプリンストン通信 『大都市NYの変化を考える』(6/18)
  • 【Vol.538】冷泉彰彦のプリンストン通信『自動車型式指定問題の本質』(6/11)
  • 【Vol.537】冷泉彰彦のプリンストン通信『敗北を認めて製造業の改革を』(6/4)

2024年6月のバックナンバーを購入する

2024年5月配信分
  • 【Vol.536】冷泉彰彦のプリンストン通信『トランプ支持層の各グループ』(5/28)
  • 【Vol.535】冷泉彰彦のプリンストン通信『日本の政局を考える』(5/21)
  • 【Vol.534】冷泉彰彦のプリンストン通信『「日本の緩慢な破綻」を考える』(5/14)
  • 【Vol.533】冷泉彰彦のプリンストン通信『米大の学生がデモに走る理由』(5/7)

2024年5月のバックナンバーを購入する

2024年4月配信分
  • 【Vol.532】冷泉彰彦のプリンストン通信『911から22年半、アメリカの迷走』(4/30)
  • 【Vol.531】冷泉彰彦のプリンストン通信『24年バージョンのトランプ現象』(4/23)
  • 【Vol.530】冷泉彰彦のプリンストン通信『岸田訪米と日米関係』(4/16)
  • 【Vol.529】冷泉彰彦のプリンストン通信『国産航空機開発、成功の3条件』(4/9)
  • 【Vol.528】冷泉彰彦のプリンストン通信『「もしトラ」と日本政局を考える』(4/2)

2024年4月のバックナンバーを購入する

image by: Tennessee Witney / Shutterstock.com

冷泉彰彦この著者の記事一覧

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料で読んでみる  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 冷泉彰彦のプリンストン通信 』

【著者】 冷泉彰彦 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 第1~第4火曜日発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け