世論調査では「トランプ優勢」に傾きつつあるアメリカ大統領選挙。ただ、ハリス氏に致命的な失敗があったということではなく、11月5日の投票日までどう転ぶかまったく分からない状況だ。さらに、この「大接戦」に乗じてCMを売りさばき、巨額の利益を上げたい米メディアの思惑も選挙情勢の不透明さに拍車をかけている。米国在住作家の冷泉彰彦氏が解説する。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:トランプはどうしてマクドナルドに来たのか?|「石破労働政策を支持する経団連の「悪意?」
「マクドナルドの厨房に入るしかない」トランプ氏が悲壮な決意!?
(2024年10月22日号より)
10月20日の日曜日、ドナルド・トランプ候補は、突如、ペンシルベニア州のバックス郡にあるマクドナルドに登場しました。
そして、キッチンでフレンチフライ(フライドポテト)を揚げたり、ドライブスルーで顧客対応をしたりしていたのでした。
この行動は、トランプ自身が「庶民派」であることをアピールするための行動だとか、とにかく激戦州であるペンシルベニアで勝ちたいから来たというように報じられています。
ですが、よく考えるとこの行動は一種の「奇行」であって、選挙戦におけるプラス効果はあまりないと見たほうが良さそうです。
まず、動機が意味不明です。政敵であるハリス候補が若い時代に、マクドナルドでパート仕事をしていたと発言していたのですが、トランプはこれに異常に反応していました。
つまり「庶民派のチャンピオンは自分」なのだから、「そうではない」彼女がそんなことを言うのはウソだとか、許せないということで、非常なこだわりを持っていたのです。
その結果、「自分もマクドナルドの厨房に入るしかない」と一種思い詰めていたようです。ほとんど理解できない行動に違いありません。
もちろん、庶民派の原点は自分だと思うのは自由ですが、であるならば貧困層の住む南フィラデルフィアとか、アパラチア山脈の奥にあるウィルクスバレーだとか、もっと庶民の住んでいる地域に行くべきです。
バックス郡というのは、ペンシルベアに州といっても、一番NYに近く、知的労働者が多く、民主党の大票田なのです。
大統領選の情勢分析を難しくする米メディアの「カネと思惑」
自分はそういったところへ行って、ハリスの票を奪うというつもりなのかもしれませんが、とにかく効果という意味で疑問です。
これに限らず、最近のトランプに関しては奇行が目立っているようです。
例えば、ゴルファーのアーノルド・パーマーの出身地である、ペンシルベニア州のラトローブで集会を行った際には「パーマーは男の中の男だ。一緒に風呂に入った連中は下半身を見て驚嘆した」などという、意味不明の下ネタを延々と続けていたそうです。
また、これは昨年あたりからそうなのですが、集会での話が冗長なので、最後まで残る支持者は少ないとか、色々な問題が聞こえています。
選挙戦は佳境を迎えており、投開票までちょうど2週間となりました。とりあえず、世論調査はトランプ優勢の方向に傾いていますが、ハリスが決定的な失言をしたというようなことはありません。
やはりCMを売ることで巨額の売上をギリギリまで計上したいメディアによる「接戦という演出」がされていると考えるのが自然です。また世論調査に関しても、多くの人は正直には答えていないと思われ、アテにはなりません。
ハリス氏はハリス氏で、アドリブが下手とか、無理に保守票に手を突っ込もうとして発言が保守化しているなど、あまり安定していないようにも見えます。
ですが、最終的にはペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンの3州は本当に僅差の戦いとなっているようです。ギリギリまで見極めは難しい、今回の選挙については特にそう申し上げるしかありません。
日本の「最低賃金1500円」には経団連の思惑が
(2024年10月8日号より)
経団連の十倉会長は10月2日に記者会見し、石破茂首相が就任会見で「最低賃金の全国平均1500円への引き上げ前倒し」を行うことを評価しました。
岸田前総理が掲げた2030年代半ばまでという目標を大幅に前倒しして、20年代の実現を目指す考えを示した石破氏を支持するのだそうです。
同時に、これは「かなりの(引き上げ)率になる」ので、「セーフティーネット(安全網)が整わないままだと大きな混乱になる」と述べたそうです。
この発言ですが、かなり根深い疑問を感じます。
1つは、そもそも労働コストは抑制したいはずの財界が、どうして最低賃金の引き上げを歓迎しているのかということです。それは、国民の所得がアップすれば購買力が高まるからですが、その恩恵は主として財界を構成する大企業が受けることになるからです。
2つ目は、その財界を構成する大企業は、空洞化した国内ではなくグローバル経済にリンクしているので、時給1500円は「悠々支払う能力がある」からです。ドル円が150円前後の時代になった以上は、「時給10ドル」ぐらいは、自分たちとしては痛くも痒(かゆ)くもないというわけです。
3つ目は、財界としては困らないものの、全国の中小企業や地方経済は「時給1500円」が払えずに混乱するだろうと言っているわけです。「混乱」というのはこれを前提としています。
その上で、大量失業が出ないように「国が面倒を見て欲しい」というわけです。例えばですが、時給1500円ではコスト高になる中で、大企業の下請けが納入価格に転嫁してくるとことは想定していないのです。
どうせ財界としては、そうなったら「英語ができず、単純反復作業の正確性だけがウリの日本の労働力」は切り捨てて、「1500円はコスパが悪い」として、より一層の空洞化を進めるでしょう。
そうなれば、中小企業や地方は困ってしまうわけです。そこで社会が混乱しないように補助金をバラまいて欲しいし、自分たちはアッカンベーというわけです。
これを悪意と言わずして何だというのでしょう。
経団連の「悪意」の正体
時給1500円を20年代に達成するというのは「正義」です。これを前提に、地方も中小企業も国際化に対応し、DXで効率化を進め、女性の活躍を進めるべきです。
その結果として、地方も中小企業も生産性をアップして時給1500円を達成し、その高くなった生産性を武器に価格転嫁を要求すべきです。また、全体が成長してゆくためにはエネルギー供給の安定も必要でしょう。
そのようにしていけば、日本経済は底上げがされてデフレ体質から脱却できるのです。経団連は、そのような地方や中小企業の改革を支援する、あるいは改革できるように誘導するのは面倒なのでしょう。
だから、依然として中国などのコスパ(必ずしも超低コストではないが、パフォーマンスが高い)の良い労働力を好むのです。
その結果、多国籍化した財界企業としては、時給が高くなるのは痛くも痒くもない、でも地方や中小は混乱するので、面倒は政府に丸投げというわけです。やはり、これは悪意以外の何物でもないと思います。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年10月8・22日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週のメインコラム「WSは43年ぶりのLAとNYの対決」もすぐ読めます
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