意外と核心を突いている米ウクライナ停戦案を「ロシア寄りだ」と批判する日本メディアの能力不足

 

大いに歓迎すべき「トランプ2.0」のウクライナ停戦案

こうして、いま始まろうとしているのは、ブッシュ父以来の米国の「唯一超大国」幻想に基づくNATO東方拡大という大誤謬の修正、それに悪乗りして世界を散々撹乱させたネオコン過激派の「全世界の共産政権・独裁政権を打倒せよ」路線の完全清算である。

皮肉なことに、トランプ第2期政権がそこへ踏み出そうとしているのは、冷静・深遠な歴史的な検証に基づく戦略転換の結論ではなく、何もかも損得勘定でしか計算できない軽薄な商売人根性、プラス、トランプ個人の独裁者=プーチンへの憧れによる衝動的な選択の結果でしかない。

とはいえ、それを「ロシア寄り」などと非難するのは馬鹿げていて、長年にわたり世界の大迷惑だった米国の迷走に少しでも歯止めがかかるのであれば、それはそれで大いに歓迎しなければならないだろう。

ヘグセス構想の中で第2の注目点は、「ウクライナの2014年以前の国境を回復しようとするのは非現実的」と言い切っていることである。

ゼレンスキーは一応建前として「全領土の回復」を言い続けなければならないが、クリミアの回復が不可能なことは分かっているだろうし、東部地方のロシア系住民が多数を占める地域についても、もしウクライナの一部として奪還するのだとすれば、ロシア系住民のロシア語を話す権利の法的保証をはじめ、2014年以降22年までに国内的に解決しておけばそもそも戦争などしなくて済んだはずで、仮に東部が帰ってきても直面するのはその問題だということを、多分理解しているだろう。

第3に、停戦後のウクライナに国際社会が「平和維持部隊」を派遣しなければならないのは必須だが、それが「NATOではなく、能力ある欧州および非欧州の部隊」であり、そうであれば当然のことながら「NATO条約第5条が適用されるべき」ものではないし、従ってまた「米国の部隊がウクライナに派遣されることはない」のである。これは全く正しい。

上述のように、冷戦終結後に米国がNATOの存続とその東方拡大という誤った路線に突き進んだ時、ドイツやフランスはじめ大陸欧州では反対論が強かったのだが、その際に欧州側から出ていた有力な提案は、

  1. NATOは解散し、米国には大西洋の向こうに帰って貰う、
  2. 代わって欧州防衛を担うのは新たに結成される独仏中心のコンパクトな「欧州共同軍」となる、
  3. しかしその軍が出るのは紛争が起きてしまった場合のことで、これからの欧州の安全保障の前面に立つのは、信頼醸成を主眼に紛争予防に徹するCSCE(全欧の安全と協力のための会議――後に常設機構化してOSCEに)である。域内で平和維持部隊が必要となった場合にそれを担当するのはCSCEであってNATOではあり得ない……、

というものだった。改めて言うまでもないが、NATOは、日米安保条約や米韓相互防衛条約などと同様、伝統的な「敵対的軍事同盟」であり、これは2ないしそれ以上の国が(たいていの場合)盟主国を中心に味方同士で結束し、予め仮想した敵と対峙する。その場合、ある加盟国が軍事攻撃を受けると他の加盟国もそれを我がこと受け止めて共に肩を並べて戦うことを約束するのが「集団的自衛権」である。

それに対して国連やOSCEは、ラウンドテーブル型の安保対話の組織で、そこ――全世界なら国連、欧州地域ならOSCEのように、存在するすべての国(場合によって地域も)が敵も味方もなく加盟して、普段から信頼を醸成し、紛争が生じてもそれを武力に委ねることなく話し合いで解決することを主眼とする安保概念で、全てが参加することから「普遍的安全保障」とか「協調的安全保障」とか呼ばれたりもする。

このように、19~20世紀的=冷戦的なNATO型の敵対的軍事同盟と21世紀的=ポスト冷戦的なOSCE型の普遍的安全保障とを概念的に対立するものとして理解し、前者から後者への転換を図るのが時代の中心課題なのだが、ブッシュ父以来の米国はとうとうそこを理解さえすることが出来ずに終わった。

トランプも理解していないと思うが、上述のように、商売人根性のどっちが損か得かの勘定に基づく直感として、「ウクライナにこれ以上の支援金を注ぐのはもったいなく、ましてや米国の若者の命を投げ込むなどとんでもない」と思ったのだろう。それでも何でも、これが米国が誤りを正すきっかけになるなら結構なことである。

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