強烈な恐怖心が激化させた紛争の最も恐ろしい例
さて、強烈な恐れと恐怖心に駆られて戦いを続け、激化させる紛争として、イスラエルとパレスチナ、そしてシリア、レバノンなどを巻き込んだ紛争ほど恐ろしい例はないかもしれません。
1948年にイスラエルが欧米諸国の強引な後押しにより建国されましたが、これはホロコーストに苦しみ、それ以前も世界各国に散らばって国を持たなかった世界中のユダヤ人を勇気づけ、強烈な国家への愛着と、それを何としても死守しなくてはならないという決意が生まれることになりました。
ただこれは見方を変えると、イスラエルの建国は、元々この土地に長年住み続け、故郷を形成してきたアラブの人々(パレスチナ人)に対して欧米諸国が“すぐに戻ることができる”という嘘を吹き込み、故郷を明け渡すことを強要された結果であり、アラブの人々、そしてパレスチナ人にとっては決して忘れることが出来ず、消すことができない最大の失敗というように記憶されることになります。
それゆえ4回にわたってアラブ諸国がイスラエルに挑む中東戦争が繰り広げられましたが、欧米諸国、特にアメリカ合衆国を後ろ盾につけ、軍事力と経済力を一気に高めることに成功したイスラエルがアラブ諸国の宿願と執念をこれまで跳ね返してきました。
そして【パレスチナこそが神がユダヤ人に与えた土地である】というスローガンと信念のもと、パレスチナ人の抑圧と支配地域の拡大および確立を進めてきたのがイスラエルの歴史と言えます。
ガザ地区を完全に孤立させ、至る所に高い壁を築き、水資源をはじめとするあらゆる資源をことごとく独占し、そのコントロールを握ることで、パレスチナ人の宿願を阻んできました。その恨みから生まれ、支持を拡大していったのが、パレスチナではハマスであり、レバノンとシリアではヒズボラであり、エジプトではムスリム同胞団など、欧米社会とイスラエルがテロリスト集団と考える勢力です。
これらの勢力は必ずしもアラブ諸国の支持を得ているわけではなく、脅威と捉えられていることが多いのですが、それでもイスラエルの企てに抵抗する組織として一定の支持を得ていることも確かです。
そのような状況下で苛烈な紛争が頻発する根底にあるのが、イスラエルとアラブ社会の間に根深くそして激しく存在し、決して消えることがない(解消されることがない)【生存に対する脅威】という恐怖です。
イスラエルはアラブ諸国の存在を常にイスラエル国家と国民に対する生存上の最大の脅威と捉えていますが、その恐怖はまたアラブ諸国がイスラエルの存在に対して抱く生存に対する最大の脅威という認識でもあります。
イスラエル絡みの紛争案件の調停を行う際に必ず当事者たちから出てくる表現と認識がこの【自国にとっての生存上の脅威であり、自ら先んじて叩かないと、自分たちがやられることになってしまう】という強迫観念にも似た認識です。
今回のアメリカやカタール、エジプトによる仲介が頓挫するのは、イスラエル側の強迫観念にスイッチが入り、人質の解放というジレンマは存在するものの、イスラエルおよび国民の生存の確保のためには、ハマスはもちろん、ヒズボラも、フーシー派も、パレスチナもこれを機に駆逐し、壊滅させる必要があるという認識が根強いことと、それを巧みに自分の保身に利用するネタニエフ首相の戦略が、本質的な対話を阻み、解決のためのあらゆるきっかけを潰す姿勢があるからだと考えます。
今、イスラエル政府はこの恐怖心に支えられた感情に乗っかって、極右勢力が主張する全パレスチナの掌握と領有に向かって突き進もうとしています。
ガザに対する攻撃は、停戦どころか、激しさを増し、人道支援の妨害も行うことで、実質的にガザ市民を見殺しにしようとしているように見えますし、同時にヨルダン川西岸地区にも兵を進め、ユダヤ人入植地の拡大方針と相まって、一気に占領を行う方針を示しています。
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