実効性に疑問が残るトランプが示したディール
今週だったと思いますが、ネタニエフ首相は、現役の兵士と部隊はガザの攻略をはじめ、ヒズボラ対策などのコンバットに振り分け、ヨルダン川西岸地区の攻略のために予備兵の召集を決め、いよいよ完全なる“脅威の排除”と“イスラエルの拡大”、そして、アラブ諸国の表現を借りると【アラブに対する越えがたき強固な壁】を築こうとしているように見えます。
パレスチナ人は、内部での意見の相違からの衝突は存在するものの、皆一致して滅亡の危機を認識しており、ヒズボラなどの反イスラエル勢力の力を借りてイスラエルの企てを挫こうとしていますが、イスラエルに返り討ちにあい、情勢は悪化の一途を辿っています。
その理由の一つに、アラブ社会における対イスラエル恐怖感のレベルの違いがあると考えます。
サウジアラビア王国を核とするアラブ諸国は皆、反イスラエルの方針では一致し、パレスチナ問題も同胞アラブ人のself-determinationの危機と捉えてpro-Palestineの政策を取りますが、各国レベルでは、パレスチナが感じている生存の危機という認識は共有されておらず、ガザの悲劇とイスラエルの蛮行を目にして抗議は行っても、まだイスラエルに対して、アラブ社会として戦いを挑むところまでは盛り上がっていません。
ただ、これまでアラブ社会にとってはタブーとされてきたイランとの和解と協調に舵を切り、ロシアと中国、そして地域において特別な位置づけをされているトルコを招き入れて対イスラエル共闘体制を整え始めている姿から判断すると、イスラエルはもちろん、その背後にいる欧米諸国がハンドリングを誤り、偶発的な衝突がアラブ諸国とイスラエルの間で起こってしまった暁には、一気に地域全体とその周辺を巻き込んだ大戦争に発展する可能性が高まることは必至です。
それに気づき始めたトランプ大統領は、Pro-Israelの姿勢は崩さないものの、アラブ社会における反イスラエル勢力の結束の切り崩しに着手し始めています。
その一例が、今週、オマーンの仲介の下で“合意”に至ったとされるフーシー派との停戦合意です。紅海において、イスラエル寄りの姿勢を取る船舶への攻撃を行ったり、拿捕を行ったりして国際的な物流に多大な損失を被らせたフーシー派による攻撃を停止することと引き換えに、アメリカは今後、フーシー派の拠点への攻撃もやめるというディールですが、これを成立させるには、イスラエルによるイエメンに対する攻撃を制する必要がありますが、これまでのところ、イスラエルによる攻撃に対してトランプ大統領は何ら発言していないため、その実効性には正直疑問が残ります。
今週、トランプ大統領は中東各国を訪問しますが、彼が中東地域を離れた後に、何が起こるかによっては、一気に戦争が拡大し、もう誰もイスラエルの暴走を止められない事態が待っているかもしれません。
これまでイスラエル絡みの調停にも関わってきましたが、協議の際に「もし停戦が合意されたら、あなたは何をしたいですか?」とイスラエルそしてパレスチナ双方の代表に尋ねると、必ずと言っていいほど「境界線を越えて相手を殺しに行きます」という回答が、何とも表現しがたい笑顔と共に返ってきます。
最近も同じ回答が多く聞かれる状態に直面し、この地域におけるイスラエル絡みの問題の根の深さと解決の難しさをひしひしと感じますが、その根底にあるのは、サイドこそ逆ですが、互いに対する“自己の生存上の最大の脅威であり、生存のためには必ず倒さないといけない相手”という揺るがない認識だと考えます。
その恐怖に満ちた認識が今、極限まで互いに対する緊張を高め、まるで風船がパンパンに膨れ上がり、ちょっとしたショックで破裂する寸前の状態に発展し、いつ大戦争が勃発するかわからない状況が日に日に鮮明になってきているように感じます。
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