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自称「コメ担当大臣」小泉進次郎が“爆死”覚悟で突っ込んでいくべき本丸は日本農政「魔のトライアングル」だ

農水相の任を預かるや、矢継ぎ早に米価引き下げ対策を打ち出す小泉進次郎氏。国民からは大きな期待が寄せられていますが、彼の「実力」に疑問を呈する声もあるようです。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、農政を巡る小泉氏の「10年前の失敗」を詳しく紹介。その上で、同氏が本当に斬り込むべき「本丸」がどこであるかを記しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:小泉進次郎=新農相は日本農政最大のディレンマにどれだけ斬り込めるのか?

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

小泉進次郎はどこまで突っ込んでいけるか。「コメ担当大臣」が斬り込むべき日本農政最大のジレンマ

小泉進次郎は5月21日、石破茂首相に会って農相就任を受諾した直後、官邸番記者の問いに答えて「日本の農政は団体〔農協〕にあまりに気を使いすぎて、消費者目線でやらなければいけなかった改革が遅れている。コメはその象徴の一つだ」と意気込みを示した。

また同日夜の農水省での初会見では、「備蓄米の入札をいったん中止し、新たに始める随意契約の中で明確に価格を下げていきたい」と述べ、さらに22日以降にはあちこちのテレビに出演して「早ければ6月頭に備蓄米を2,000円台で店頭に並べたい」とまで踏み込んだ。

「大山鳴動して鼠2~3匹」だった10年前

この進次郎流儀には既視感があって、10年前に自民党農林部会長となった彼が安倍晋三=竹中平蔵の新自由主義的「何でも規制緩和」路線の先兵となって農協を悪者に仕立てて斬り込んだ時と、同じパターンになりかねない。

正面切ってタブーに挑戦し、大胆に問題点を指摘して期限を区切って改革を求めるところまでは小気味よい限りなのだが、実際には切っ先が急所を外れていたり、そんな短期では到底実現不可能であったりして、大山が鳴動した割には鼠は2~3匹出ただけといった結果に終わった。

そもそもその時に彼が、日本農政の最大の矛盾である米の「減反」政策とその背景にある《自民党農水族+農水官僚+農協》の「魔のトライアングル」とまで呼ばれてきた構造という本丸に斬り込んでいれば、日本人の主食というのみならず、日本文明の根幹であり天皇制の基礎でさえある水田稲作農業が、こんな風に制御不能なほどの大混乱に晒されて人々を不安に陥れるという醜態を演じることはなかったはずなのだ。

確かに進次郎は、父親に似て、勘の鋭さは優れていると思うが、それだけに頼っていたのでは、いつまで経っても戦術巧みな「突撃隊長」の役回りしか回ってこない。大局を見渡し戦略を組み立て、物事を大きく動かしていく「指揮官」に成長していくために、降って湧いた今回の機会を大事に活かしてくれることを望むばかりである。

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壊滅的打撃を被ることになりかねないコメ農家

確かに米の高騰は異常で、4月28日~5月4日の店頭価格は5キロ当たり4,214円と、前年同期の2倍に達した。これは余りにもべらぼうで、消費者の立場からすれば1日でも早く価格を抑えて欲しいと思うのは当然で、小泉新大臣の「6月にも2,000円台の備蓄米が店頭に並ぶようにしたい」という宣明に期待が高まることになる。

しかしここには、消費者も頭を冷やして考えてみるべきいくつもの問題点がある。

第1に、5キロ=4,214円ということは、1俵=60キロ=5万0,568円になる。図1で見ると、

(1)その1俵の24年産米を農家はいくらでJAに売り渡しているかというと1万9,200円(5キロ換算で1,600円/24年7月)で、

(2)それをJA・全農は卸売業者に2万1,499円(5キロ1,792円/同9月)の相対卸売価格で売り捌き、

(3)それを小売業者は消費者に売って4万8,216円(5キロ4,018円/同12月)の売上を得ている。

これは、鹿児島産のコシヒカリという上級種を例にとって三菱総合研究所の稲垣公雄=研究理事が作成した図で、補足すれば、

(1)の1万9,200円は高い方の値段で、全国的には1万6~7,000円程度が多かったと、注に記されている通りである。

(2)の相対取引価格は昨年9月の値で、その後、今年4月には過去最高の2万7,102円に達してる。

(3)の4,018円は24年12月のもので、それが4月28日~5月4日にはさらに上がり4,214円になったのだが、基本構図はこの図の通りである。

『令和のコメ騒動』(2)コメ価格の一般的な決まり方

さてそこで問題は、生産者が1年間を費やして、それこそ手塩にかけて慈しむように育てて収穫した米を1万9,200円でJAに納めたものが、末端で5万0,568円で捌かれていることをどう考えたらいいのか、である。

この差額3万1,368円の流通系の取り分は大きすぎるので、そこを削って兎にも角にも小売価格を下げるべきだというのが進次郎流儀の消費者目線ということなのだろう。ところが参院選での受けを狙って乱暴にやろうとすると、その反動が小売から卸、全農へと逆流して、結局、米農家が壊滅的打撃を被ることになりかねない。

図1を見る限り、利幅が一番大きいのは卸から小売にかけてだが、これはすべて個別の相対取引の駆け引きを通じて決まってきていることで、それを一律に抑え込む方法を進次郎は持ち合わせているのだろうか。一般入札を止めて「随意契約」に切り替える――ということは事実上、政府による公定価格への逆戻りだが、それが米価全般に与える影響をどう計算しているのか。

いや、進次郎がとりあえずやろうとしているのは、今回放出した備蓄米を1日も早く5キロ=2,000円台で店頭に並べさせることだけだから、そんなに難しくないし、とっくに政府が買い上げてしまっておいた米だから値段を下げても今更生産者に難が及ぶことはないと解説していた人もいたが、小売・卸に一律価格規制を被せることの至難という点では同じだろう。

どこかのTVワイドショーで取材に応じたスーパーの社長が、「そんな(2,000円台に下げる)ことがわずか1、2週間で出来るなら神技で、小泉さん、次の総理決定だ」と語っていた。

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このままでは死滅に向かうことになる日本のコメ作り

さらに困ったことに、備蓄米の全部がスーパーなど小売店の店頭に並ぶのではなく、卸からまとめて外食・中食業者や学校・病院などの給食業者に回る分も少なくなく、その分は「下がった」という消費者の実感には繋がらない。またその分が多くなれば店頭に行き渡る分は少なくなって、「進次郎の2,000円台の米はどこにあるんだ?」と怒り出す客も増えるかもしれない。

結局、こればかりは拙速は禁物で、消費者目線だけでなく生産者目線も五分五分に取り入れた上で、流通経路の複雑さをも考慮して、慎重に進めるしかないと思われるが、進次郎はそう思ってはいないようだ。消費者も、ただ単に「安ければ安いほどいい」と言っていて済むことなのか余程考えなければならない。

生産者目線をきちんと位置付けなければならないのは当然で、東京商工リサーチの調査では、2024年の米作農家の倒産・休廃業は89件で、13年の統計開始以来の最多を記録した。

米の小売価格が過去最高に達しつつある裏側で、米作農家の倒産・廃業も過去最高というのはどういうことかと言いえば、米の作付け面積=約129万ha(2020年)の約半分=49%を担っているのは5ha未満の零細・小規模農家で、その中の平均的な1.8haの農家の農業所得はマイナス25万7,000円の赤字(23年)。地域の担い手となるのはその上の作付け面積5~10haクラスの農家で、15%を耕しているが、その所得も100万円前後でしかない(日本農業新聞5月24日付)。

そもそも赤字かそれに近いギリギリのところで維持されていた米作に、長年に渡る米価の低迷と生産資材の急激な値上がり、それに高齢化も重なって、いよいよ持ち堪えられないことになってきたのであり、このままでは日本の米作りそのものが死滅に向かうことになるだろう。

2018年に「減反」という名の米の生産調整策が廃止された後では、農水省は直接には米の流通を管理していないが、同省の経営局が独自の手法で推測した需給予測に基づき「生産量目標」を提示し、「水田フル活用」の美名の下、主食用の米を作らないことに対し補助金を与えるというアクロバット的な策を用いて、農家を辛うじて生き残らせつつ、零細・小規模農家が順次絶滅して大規模法人に農地が集約されていくことを期待してきた。

その前提は、米の需要が年々10万トンずつ減少していくのは避けられないという諦めに似た長期見通しで、そこから推測される需要のギリギリまで供給を絞るのだが、米をはじめとする農業は天候に左右されるところが大きく、しかも例えば平年より1割の増産で3割の価格下落が起きるといった変動が激しく、工業製品のように需給バランスだけで予想を立てて機敏に対応することが難しい。

だから、需給のギリギリのところへ農家を誘導していくという農水省の考え方は机上の空論で、予想外のことがいくつか複合すると今回のようなことが起きて制御不能に陥るのである。

この机上の空論を専門にしているのが農水省の主流を占める、なぜか東京大学法学部出身のサークルで、その拠点が同省の経営局。その局長を経て事務次官に上がるのが同省のメインの出世コースとなっている。

この人たちの全部ではないにしても多くに共通するのは農業への無知ととりわけ零細・小規模農家への軽蔑、そして財務省の中心を占める東大法学部出身者へのコンプレックスで、それが「農水省が率先して農民を絞め殺す」という馬鹿げた農政を産んできた。小泉進次郎が本当に改革派たらんとするなら、そこへ突っ込んで行って爆死する位の覚悟が必要で、軽々しいパフォーマンスに浮かれている時ではない。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2025年5月26日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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