読売新聞が8月27日付けの朝刊トップで報じた、衆院議員の秘書給与不正受給を巡る記事。しかしこの「特ダネ」は、捜査対象とされた議員名を取り違えた誤報であることが発刊当日に発覚し大問題となりました。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、同紙が誤報を打つに至った経緯を分析・解説。その上で、読売新聞社のみならず新聞各社に共通する構造的な問題を指摘しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:読売新聞、世紀の大誤報連発。背景に、不毛な特ダネ競争
背景に存在する「不毛な特ダネ競争」。読売新聞が世紀の大誤報連発の訳
新聞社の社会部で警察や検察を担当する事件記者の世界では、捜査当局の未発表情報をいち早くつかんで記事にした者が「特ダネ記者」として賞賛される。その記事が社会的にどれほどの価値があるかはさておき、他社のライバル記者を出し抜く優越感と、社内で評価されたいという欲望の満足が彼らには大切なのだ。
しかし、他社にすっぱ抜かれる“特オチ”が続くと、社会部の中で肩身が狭くなってくる。なんでもいい、とにかくスクープを世に出したい。そんな記者の焦りが異常に募って正常な判断力が鈍り、時として、取り返しのつかない“大誤報”を生んでしまうことがある。
2025年8月27日の読売新聞朝刊。一面トップに、でかでかと掲載された記事がまさにそうだった。
記事は、日本維新の会の池下卓衆院議員が採用していた公設秘書2人について、勤務実態がないにもかかわらず国から秘書給与を不正に受給していた疑いで東京地検特捜部が捜査していると報じていた。
たしかに、東京地検特捜部は同じ容疑で維新の国会議員を捜査してはいた。しかし、ターゲットは同党の石井章参院議員であり、池下氏ではない。
そのことに読売新聞が気づいたのは、朝刊の締め切りから数時間が経過した27日朝。特捜部が詐欺容疑で石井氏の議員会館事務所や地元事務所(茨城県取手市)を家宅捜索するという一報が入ってからだった。慌てた読売新聞はオンラインの記事をすぐに削除し、その日の午後には大阪にある池下議員の事務所に竹原興・東京本社編集局次長ら2人が訪れ、平身低頭して謝罪した。
あってはならない誤報だった。どうしてこのようなことが起きたのかについて、読売新聞は30日の朝刊に検証記事を掲載した。それをもとに、筆者の推測をまじえて、誤報にいたる経過をたどってみたい。
8月下旬、維新の国会議員が秘書給与詐欺の疑いで捜査対象となっているとの情報を、社会部の記者が、政界の事情に詳しい関係者から聞き込んだ。容疑が誰にかかっているのかについては、過去の疑惑がヒントということだった。
調べてみると、2023年に池下議員の公設秘書が市議と兼任していることを問題視した記事があった。記者は池下議員の可能性が高いと考え、同じ人物に確認を試みたが、はっきりとはわからなかった。
その記者からの報告を受け、検察を担当する司法記者クラブのキャップは配下の複数の記者に特捜部関係者への「裏付け」取材を指示した。しかし、秘書給与詐欺事件で政界捜査が進んでいることがわかっただけで、結局、捜査対象が誰なのかについての確定的な情報は、最後まで得られなかった。
にもかかわらず、誤報記事が掲載されるに至ったのは、8月26日朝、担当記者から「池下議員であることは間違いない」との報告を受けたためだった。これを信じたキャップは、記事を掲載したいとデスクに申し出て、社会部長もそれを了承した。
しかし、この判断の仕方に根本的な間違いがあった。担当記者が「間違いない」と報告した根拠は「継続して取材していた関係者から肯定的な回答があったと受け止めた」という、きわめて主観的で曖昧なものにすぎなかったのだ。
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正確な事実の追求よりも優先された「スクープの栄誉」
特ダネを狙って熱心に取材を続けた記者はなんとか日の目を浴びたいと思い、取材相手の言葉を都合よく解釈しがちだ。こういうケースで、たった一つの情報源を信じるというのは危険そのものである。
だからこそ、記事の掲載にあたっては「複数の取材源から確認することが必須で、十分な確信が持てない場合は記事掲載そのものを見送るという原則がある」(読売・検証記事より)のだが、読売新聞はその原則を守らなかった。
捜査対象が池下議員であるかどうかを明確に最終確認することが必要とわかっていながら、司法キャップ、社会部のデスク、社会部長のいずれもが、スクープの栄誉に浴することを正確な事実の追求より優先してしまったのだ。
東京地検特捜部がらみの報道では、朝日新聞が自民党・安倍派を軸とする一連の裏ガネ疑惑をめぐるスクープを連発し、読売はその後塵を拝してきた。なんとか特ダネを抜き返して名誉を挽回したいという思いが強かった面も否定できないだろう。
だが、忘れてはならないのは、問題の読売朝刊が配達されて数時間後には、本当の捜査対象である石井章参院議員の事務所に家宅捜索が入り、基本的な事実が特捜部から発表されていることだ。そこまで待てば、誤報は回避できたはずである。
池下議員が被った社会的損害と精神的ダメージは甚大だ。デジタル版の誤報記事はSNSを通じて拡散され、いわゆる“デジタルタトゥー”となってネット上にいつまでも残るだろう。訂正記事や検証記事が掲載されたとはいえ、朝刊一面のトップ記事を読んだ全ての人々がそれに気づくとは思えない。ましてや、一度脳裏にすりこまれた悪印象を完全に拭い去るのは難しいだろう。
池下議員が読売新聞に対し「今回の虚偽報道によって著しく毀損された、衆議院議員・池下卓の名誉を回復するための具体的対応を提示することを強く求めます」との抗議文を出したのは当然のことだ。
日本の新聞、テレビは「記者クラブ」を通じて警察や検察などの国家権力機関と密接につながっている。警察・検察は捜査の成果を発表し、メディアに報じてもらうことにより、手柄をアピールすることができる。メディア各社は警察本部、警察署、検察庁内の記者クラブに個別のスペースを与えられ、取材の便宜を受けることができる。持ちつ持たれつの関係だ。
しかし、実態はそうであれ、かつて「社会の木鐸」と呼ばれていた新聞社ともなると、当局の情報提供サービスを待つだけの“権力の飼い犬”にはなりたくないというプライドだけは、いまだに強い。
そこで、記者は他社との差別化をはかるため、いわゆる“夜討ち朝駆け”で捜査幹部宅などをまわり、情報を得ようとするのだが、当然のことながら捜査側の口は固い。それでもめげずに酒瓶持参で夜回りを続けているうちに、捜査員も情にほだされ、気に入った記者に対しては、ヒントになる情報を漏らしてくれることがある。だが、これも権力側との癒着の産物であることには変わりがない。
本当に価値のある特ダネとはどのようなものだろうか。たとえば、国家権力が隠そうとする不正や汚職を、地道な取材の積み重ねと内部からのリークで暴く調査報道は、市民の知る権利に大きく貢献するはずだ。
しかし、いずれ公式に発表されるような事件で、捜査関係者の固い口をこじ開ける手腕と努力を競い、「抜いた」「抜かれた」と一喜一憂することが、一般市民にとって、どれほどの意味があるだろうか。単なる“早耳競争”であり業界内の“自己満足”に過ぎないのではないか。そんな“伝統文化”がしばしば誤報を生み出し、それによって名誉毀損や人権侵害がしばしば発生してきたのである。
今回の誤報について、読売新聞の滝鼻太郎・東京本社編集局長は「思い込みと確認不足に加え、記事化にあたってマイナス情報を軽視し、重大な誤りを招いてしまいました」との談話を発表している。だが、問題を現場の記者だけに矮小化してはならない。
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読売のもう一つの誤報「石破首相 退陣へ」のリーク元
ところで、読売新聞にはもう一つの“誤報”がある。「石破首相 退陣へ」との見出しをつけて配った7月23日の号外だ。「今月中にも退陣表明」と書いていたが、石破首相は即座にそれを否定し、9月に入った今も「続投」姿勢を続けている。
いわゆる「新聞辞令」というものだろう。首相周辺の誰かが既成事実化をはかるためにリークしたと考えるのが一般的だ。もちろん、実現すればスクープ、実現しなければ誤報となる。その危険を冒してまで他社を出し抜きたいというのは、一般市民にはとうてい理解しがたいことではないか。
読売新聞だけの問題ではない。どこも真似のできない視点や洞察、分析力を持った記事を書くこと。それが本物のスクープとわかっていてもできないのは、コストや時間がかかるし人材も限られているからだ。いきおい、安上りで時間も短縮できる役所や捜査機関の情報に頼らざるを得ない。新聞各社に共通する構造的な問題だ。
ネットによる情報収集が主流になってきた時代にあって、新聞が生き残りをはかるのは至難の業といえる。今回のような“大誤報”を出した発行部数日本一の新聞が、担当記者らの「不十分な取材」によるものとしてのみ片づけ、問題についての本質的な思考を怠るようなら、もはや絶望的というほかない。
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