トランプ「金利引下げ固執」の裏に潜むインフレへの恐怖
ですが、景気全体が後退しているのではないようで、企業に関しては将来価値ということを考えると、特にテック関連については、まだまだ強気、その一方で初級の雇用だけが、厳しくなっていると考えられます。
問題は、こうしたトレンドに対する政府の対応です。現在の共和党政権が手掛けている、2つの政策、製造業の国内回帰と、移民抑制については、とりあえずこのような全体状況を踏まえた対策であることは間違いないと思われます。
まず移民抑制ですが、これまでの不法移民の摘発や海外ジャーナリストへの圧力といった行動は、政治的なシンボルと言う意味合いが強かったと思われます。ですが、今回出てきた「H1ビザの発行手数料を15万ドル(2,250万円相当)」という政策については、唐突でありまた無茶な印象がありますが、ある意味では理にかなっている面もあります。
つまり、テックの初級職、特にプログラマーについては、AIによる急速な省人化が進行中です。そんな中で、人間でもペイするような職種というのは、現状ではインドを中心とした準英語圏の人材の方が労働市場での競争力があります。その一方で、国内人材に関しては「就職氷河期」状態になっています。ですから、移民人材にはビザ手数料というペナルティを企業に課すことで、国内人材の採用を強く促進する、これが狙いであると思われます。
ある意味では、現状の問題点に対して即応したタイムリーな施策であり、まさに「Z世代の保守化」を受けた支持固めと一石二鳥という狙いがあると考えられます。
一方で、もう1つの施策である製造業の国内回帰については、政権としては時間はかかるものの、関税で輸入を締め付けつつ、同じく「H1ビザを手数料で絞る」中では、製造業の現場における国内人材の活用が可能という目論見だと思います。
問題は、国外移転して空洞化した製造業を国内に戻すには、関税と移民ビザの対策では十分ではないということです。まず、人材そのものが足りません。次に価格の問題ですが、一旦は関税を価格転嫁させてインフレにして、次に国内生産に切り替えると価格が下るというような演出をしたいのでしょうが、そうはならないということです。
まず、国内生産の場合は人件費は相当に上がります。また、ラストベルトの場合は、「良き時代」とは産業が繁栄しただけでなく、労働者が誇りを持っていた、つまり組合を通じて経営側にも、政治にも影響力を持っていた時代の記憶があるわけです。人件費だけでなく、労働内容の柔軟性などについて、アジア圏の製造拠点を上回る生産性を獲得するのは難しそうです。
何よりも、国内に製造業を持ってくるのには数年かかる中で、需給のインフレに加えて一時的であるにしても関税インフレが乗っかると、政治的には苦しくなります。トランプ大統領が異常なまでに金利引下げに固執しているのは、関税インフレを帳消しにできるぐらいの金融緩和を継続したいからです。
一方で、FRBのパウエル議長は、仮にそのような利下げで物価高を打ち消すだけの景気過熱を演出したら、クレカ貸出残などのバブルが膨張して、経済の大きな破綻が生まれる、などの懸念があると思われます。これはどちらが正しいという議論ではなく、実務的に調整して合理的な落とし所を見出すべき性格の問題です。ですから、それができない政権周囲の経済専門家に責任があると考えます。
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