どこかの時点で必要になる「世論を説得する」という作業
構造改革ということでは、農業改革も必要です。零細な兼業農家が高齢化する中で、ブランド米の安定な高値確保のために、JAはブランド米の輸出に走っています。このままですと、安価なコメは輸入米になり、日本人が日本のコメが食べられないという状況が進みます。この問題を変えるには、農業の大規模化しか対策はないのですが、その改革は進んでいるものの加速はしていません。
もう少し加速しないと、日本の農業は世代交代に失敗してもっとずっと細ってしまうかもしれないのです。こうした農業改革、そして日本経済がグローバル経済への適応力を持つための構造改革は、いずれも待ったナシです。
あまり過大評価をするわけには行きませんが、少なくとも菅義偉という人は、こうした構造改革を進めて、日本経済をグローバル経済にリンクさせようとした人です。その意味で、今回の総裁選でも菅=小泉ラインというのがこの軸、すなわち「トライアングルの3つ目の角」を代表していたと思われます。
では、この構造改革というのは敗北したのかと言うと、必ずしもそうではないと思われます。ですが、まだそこまで有権者の若返りが進んでいない中では、こうした構造改革は「票になりません」。総裁選での勢いが失速したというのも、各国会議員における最大の関心事である「次の選挙で落ちない」という本能に照らして、構造改革を前面に出す姿勢は嫌われたのだと思います。
この構造改革ですが、あれだけ政治的安定を実現した第二次安倍政権においても、3本の矢の3番目は空振りに終わったわけです。非常に難しいものがあるわけで、高市政権の中では、どのように進めていくのか、ここは非常に気になる部分です。少なくとも、ソーラーパネルではなく原発の安全な再稼働だというようなことも、政策合意書には書かれていますが、これがイデオロギーのためのイデオロギーではなく、日本経済を支える構造改革としての軸として据えられているのかどうかは、しっかり見ていく必要があると思います。
いずれにしても、今回の政局では、まず「立国公」による「大きな福祉」+「財政規律」+「財源なき物価対策」という、それこそ水と油と空気を一緒に論じるような勢力が潰れたのには、どうしようもない必然があったと言えます。
そのうえで、構造改革よりも、見かけはタカ派であり、同時にポピュリストに見えるが、財政規律を喫緊の課題としているであろう、高市(麻生)政権が、今回は成立したのだと思います。問題は見かけと中身のバランスです。仮に、外国人だとか皇室といったイデオロギー的な「ショー」のことばかりが目立つ場合には、その影で財政規律へ向けた作業が動いていると見たほうが良いと思います。
そうではあるのですが、それこそ公明が連立から出ていったことでも分かるように、財政規律のために福祉をカットするのには猛烈なエネルギーが必要です。ですから、コッソリ進めるという隠密行動に進むのには十分な動機があるのは事実です。例えば、後期高齢者医療制度の自己負担を「現役並みの3割に」するというような施策は、選挙公約にはなかなか馴染みません。
ですが、問題がここまで大きい話になると、完全な隠密行動というのは不可能です。どこかの時点で、世論を説得するという作業が必要です。その場合に問われるのが総理の基本スキルです。他でもありません。党内や議院内の「ヒソヒソ話」におけるコミュ力、威勢のいい「相手への罵倒」で加点できるイデオロギー論争とは違って、有権者に直接語りかける際の「ガチンコのコミュ力」が問われるのです。これを、高市氏がどの程度持ち合わせているのか、まずは本日行われるであろう首班指名と組閣に注目したいと思います。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2025年10月21日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「『羽田イノベーションシティ』苦戦の原因」「東大法科の卒業生が外資コンサルに流れる件」、人気連載「フラッシュバック80」もすぐに読めます。
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