「楽な選択」がすべてを変える危険性。習慣と経営に潜む“下位変換”のワナ

 

人には考え方の癖というものがある。

何かを変えなければならないとか、変えたいとなったときに、常に上位変換しようとする人と、下位変換しようとする人がいる。

下位変換というのは、「ほとんど変わらないんだったら、こっちの方が楽じゃない」という方を選ぼうとするということ。

一方で上位変換はその逆。

ほとんど変わらないかもしれないけど、そこに意味があるとわかったなら大変な方向に自らを変換する人だ。

この話でわかるように、引き継いだ会社を存続させることができるリーダーは、「何かを変えたい」と考えたときに常に上位変換を考え方の癖で持っている人だ。

逆なら会社は衰退する。

とりわけ下位変換は、「こっちの方が楽だから」という理由で選ばれることが多いが、「ほとんど変わらない」のは一つの変更であって、その思考壁のまま経営を続けていけば何もかも変わるのは時間の問題なのだ。

間違えて欲しくないのは、僕はマンガもオーディブルも否定していない。

マンガを楽しむこと、オーディブルを楽しむこと、どちらも素晴らしい経験であり、それぞれからしか得られない学びだってある。

ただ、僕が言っているのは、「本を読みましょう」それだけだ。

「漫画ではなく本を読みましょう」

「オーディブルではなく本を読みましょう」ではなく、「本を読みましょう」だ。

マンガも読めばいいし、オーディブルも聞けばいい。でもそれ以外に本も読みましょうと言っている。なぜなら本を読んで育つ心は、マンガやオーディブルといった他のものでは代用できない部分だと考えているから。

だけど、聞いている人の中には下位変換が起こる人がいる。

「本じゃなくて漫画でもいいですか?」

「本を読むのが苦痛だから、オーディブルでもいいですか?」

そうやって、本の内容を習得しても「ほとんど変わらないでしょ」って思っているからだろう。

もしそうならその人には教えてあげたい。

本を読むというのは、そこに書かれている内容を自分のものにすることだけが目的ではない。

手に入れたいものが「中身」だけなら、どんな手に入れ方であっても同じでしょって思っても無理はない。

だが、それでは本が「頭の栄養」になるのかもしれないが「心の栄養」にはならない。

この記事の著者・喜多川泰さんのメルマガ

初月無料で読む

print
いま読まれてます

  • 「楽な選択」がすべてを変える危険性。習慣と経営に潜む“下位変換”のワナ
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け