AIブームの裏側にあるもの
現在、AIは急速に広がっている。文章を書く、画像を作る、プログラムを書く、分析する、翻訳する。一見すると、AIはまるで人間のように考えているように見える。
しかし、そこで少し立ち止まる必要があると思う。今のAIは、本当に「理解」しているのだろうか。それとも、膨大なデータをもとに、もっともそれらしい答えを出しているだけなのだろうか?
現在のAIの多くは、統計的なパターン処理を基盤にしているらしい。人間の書いた文章のように見える。人間と会話しているように感じる。創造しているように見える。しかし、「それっぽく見える」ことと、「本当に意味を理解している」ことは違うだろう。
人間の意識には、身体感覚、感情、直感、違和感、間合い、文脈、沈黙、気配がある。
言葉に出る前の感覚がある。
ところがAIは、基本的にはそこを生きていない。AIは身体を持っていない。痛みも、疲れも、胸騒ぎも、肌感覚もない。だから、AIがどれだけ賢く見えても、人間の奥深い判断をそのまま代替できるわけではないのだ。
むしろ問題は、AIそのものよりも、AIを動かすインフラを誰が握っているのか?ということ。AI時代とは、単に「賢いソフトウェア」の時代ではなく、半導体、電力、データ、資本を握る者が、文明の方向性に大きな影響を与える時代なのだ。恐ろしいほどに。
エネルギーが足りない国は、未来を作れない
AIが広がれば広がるほど、電力の問題は避けて通れない。データセンターは膨大な電力を消費し、半導体工場も、大量の安定した電力を必要とする。
工場やデータセンターに必要なのは、安定した電力。
太陽光発電のように、天候や時間帯によって出力が大きく変わる電源だけでは、重要な産業インフラを支えるには不安があるだろう。
もちろん、再生可能エネルギーにも意味はありそうだ。しかし、それだけで国家の基盤産業を支えるのは難しいのだろう。
「環境に良さそう」「イメージがいい」「時代に合っている」。そうした言葉だけで進めてしまうと、現実のインフラが追いつかなくなる。
国の未来とは、きれいなスローガンではなく、電力、水、食料、技術、人材という現実の土台の上にしか成り立たないのだから。
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