また竹中平蔵氏は、東京大学の民営化まで主張していました。
大学では企業と連携して研究費を助成してもらったり、大学の研究によって大きな収益を得たりすることもあります。
そういう「金になる研究」をもっとやれ、大学はそれで運営費を賄っていけ、ということです。
が、この大学に過度に収益性を求めるというのは、国家として大きな危険性があります。
大学での研究というのは、必ずしも企業と連携できるものばかりではありません。
企業というのは、すぐに収益が出る研究、そういう可能性のある研究にしかなかなかお金を出そうとしません。
そのため大学が企業に頼ると、大学はすぐに収益になる研究ばかりをすることになります。
つまりは、目先の利益になることばかりを考えることになるのです。
大学というのは、本来、企業がなかなかやらないような、基礎的な研究、収益に結び付く可能性は低いけれど人類の進歩に役立つような研究をする場所です。
この分野をおろそかにすると、科学技術の根本の部分が退化してしまいます。
そういう研究に対しては、国がお金を出すのは、近代国家として当然のことです。
国が大学の研究費を絞るようになった影響は、すでに現在、出始めています。
日本の大学の研究機関としての能力も弱体化しており、大学の注目論文数ランキングでは、小泉政権までは日本は世界で4位だったのが、現在は13位前後にまで後退しています。
また企業と大学が連携することによる弊害もあります。
大学は、企業の意向を汲んだ論文ばかりを発表するようになるのです。
たとえば製薬会社にとって都合の悪い、薬の副作用の研究などはなかなかされないようになります。実際に、そういうことは起きているのです。
この記事の著者・大村大次郎さんを応援しよう









