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「地域主権」を基本政策に掲げた日本で初めての政党

実を言うと、「地域主権」を基本政策に掲げた日本で初めての政党は、1996年9月結成の旧民主党に他ならなかった。その結党宣言は、次のような左右対称表を掲げ、この左側は明治以来(当時で)約100年続いてきた「国権主義」の政治であり、これを100年目にして「大転換」してこの右側の「民権主義」の政治を創出するのが、同党の歴史的使命であると規定した。

官僚主導による      ←→ 市民主体による
強制と保護の       ←→ 自立と共生の
上からの民主主義と    ←→ 下からの民主主義と
そのための中央集権    ←→ そのための多極分散
垂直統合型の       ←→ 水平協働型の
国家中心システムは    ←→ 市民中心社会のシステムを
すでに歴史的役割を終えた。←→ 築き上げなければならない。

そしてこの民権主義、今日的に言えば「市民中心社会のシステム」を作り出すための基本政策の1つとして「地域主権の確立と行財政の改革」を掲げた。

これには、自民党の右寄りの人たちは猛反発し、「何を言うんだ。主権は国家が国民からの付託によって担うのであって、それとは別に地域に主権があるというのは妄言で、憲法の上からもおかしい」などという声があった。しかし、我々に言わせると彼らの言い分こそ「国家絶対」の国権主義者らしい妄言である。

ヨーロッパではEUの統合が進む中で、従来は多くの国で「国家」に集中しているのが当たり前だった「主権」が、例えば通貨発行権はEUへ、紛争予防・調停・平和維持の機能はOSCE(全欧安保・協力機構)へなど、超国家の広域機関への移譲が行われ、他方、人々の生活に密着した様々な政策の決定、制度の運営、予算の配分などは地方自治体へと大胆に移譲され、それでも残るどうしても国全体で調整を図らなければならない問題だけを引き続き国家が引き受ける――という、言わば「主権の3方面への分解」が始まっていることを知らなければならない。

日本の憲法は言うまでもなく、その前文で「主権が国民に存することを宣言」している。

主権者である国民は、国家レベルの事柄は第41条に定められているように「国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関」である「国会」を通じて政治家に政策や法律や制度を作らせ、内閣を通じて行政組織にそれを実行させるわけだが、それのみが主権行使の道筋である訳ではなく、第92条以下の地方自治の項が定めているように、地方の首長と議員を選び(93条)、条例を制定させ(94条)、時には住民投票を行う(95条)などして身近な事柄を自ら治める。

さらに、国連の改革が進みそれに準ずる東アジアにおける安全保障体制や貿易・投資、通貨安定のための多角的連携協定が整うことがあれば、そこへ向かっての主権の一部を譲渡し制限することも、当然視野に入れておかなければならない。

96年民主党の結成に至る政策議論の中では、例えば筒井信隆=元衆議院議員(社会党ニューウェーブ→民主党)が、「旧左翼は『大きな政府』、新保守は『民営化で市場に任せる小さな政府』、それに対して新リベラルは『小さな政府・大きな自治体』で両方の失敗を乗り越えるのだ」という整理の仕方を示し、「地域主権」の捉え方として皆の賛同を得たものだった。

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