何をやろうとしたのか。そのチャンスの先に彼が何を実現したのか? 何の能力を得たことのか? ということが見えてきたりするし、
あと、「アイツと知り合いになれて羨ましい。」っていう嫉妬とかもありますよね。
これはもうちょっと見ると、この嫉妬の裏側にまた自分の願望があるんですよ。例えば、
「尾原はやたら西野(亮廣)さんとか、けんすうさんとイチャイチャしてんなー。なんだよ羨ましい!」
って思う感情には、きっと西野さんがやっていることに自分も近づきたいっていう何かがあるんですよね。
ということは、その知り合った相手の裏側にある「相手が成している何か」とか、「相手が持っているスキル」みたいな、そういうところに焦点をあてると、お金とか肩書きとか、いわゆる通俗的じゃない、本当に自分がやりたかったものが明確になっていくんですよね。
そうすると、人間って辛い時って、どうしてもまずはお金がなきゃ、とかそのためには『半沢直樹』じゃないですけど、やっぱり肩書が、とかっていうところに狭められるんですけど、
そこってレッドオーシャンだから、チャンスがむちゃくちゃ過当競争になっているんですね。
具体的にいえば、何を実現したいんだっけ? とか、
じゃあ、それを実現するにあたって何のスキルが必要なんだっけ?とか、
どういう環境が必要なんだっけ?
みたいな、こういったところが明確になってくると実現しやすくなっていくんですよね。
で、これが実現しやすくなると何が便利かっていうと、自分が相手に嫉妬を抱いてるっていうのはですね、羨ましいっていう感情であると同時に、
自分が何のチャンスを得たいか? 何をやりたいか? ということがわかってくると、むしろこれを先に装着している相手って、「仲間」なんですよ。
だって、自分がやりたいことを先に装着してくれてるわけだから、むしろその人と仲良くなった方がその人のことを真似て自分も成長できるかもしれないし、その人と通じ合っていることで、その環境を一緒に手に入れることができるかもしれない。
だから仲間でありサポートすべき人、っていう風に変わってくるんですよ。
これがネガティブの感情に引きずられて、「あいつだけ手に入れやがって!」って言って嫉妬に見舞われて相手と距離をおくと、どうしても自分が狭くなっちゃうんですよね。
だって相手はそれをやる環境を持っているのに、わざと距離を離したら自分が狭くなっちゃう。
なので、嫉妬こそが実は自分の願望を叶えるチャンスであるという話です。
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