■気になる高市首相の「柔軟性を発揮してほしい」という言い回し
イランはこれに黙っていませんでした。9月2日、革命防衛隊はイラク・クルド人自治区の米軍基地をミサイルと無人機で攻撃したほか、ヨルダンにも弾道ミサイルを撃ち込みました。
ヨルダン軍の発表によれば、13発が同国領空に入り、10発を迎撃、残る3発は人口密集地から離れた地域に落下したとのことです。イランのタスニム通信は、バーレーンとクウェートの米軍基地も標的になったと伝えており、両国の軍もミサイルと無人機への対応に追われています。
トランプ大統領は事前に、「イランが反撃すればこれまでよりはるかに激しく大規模な攻撃を受けることになる」と警告していました。
それでもイランは、報復に踏み切りました。相手が公然と警告を発した直後にあえて反撃するというのは、単なる意地の張り合いに見えて、実は「脅しには屈しない」という自国内および同盟国向けのシグナルです。
イラン側からすれば、ここで沈黙すれば国内の強硬派に足元を見られ、湾岸諸国との駆け引きでも弱みを見せることになります。攻撃の応酬そのものが、次の交渉における自分の持ち駒の強さを確認し合う作業になっているのです。
市場もまた、この緊張を敏感に読み取りました。WTI原油先物は9月1日に前日比5.2パーセント高の1バレル90.22ドルで取引を終えています。単発の軍事衝突としてではなく、供給そのもののリスクとして、市場が読み始めた反応だと私は見ています。
こうした中、高市早苗首相は9月1日、ペゼシュキアン・イラン大統領と3回目となる電話会談を行いました。米イラン間の戦闘終結に向けた合意が一日も早く得られることを強く期待していると伝え、この機会をしっかり捉え最大限の柔軟性を発揮するようイラン側に求めています。
日本を含む全ての国の船舶がホルムズ海峡を自由かつ安全に通過できるよう、改めて要求し、ペゼシュキアン氏は今後の見通しを含むイラン側の考えを説明したとのことです。
私が気になるのは、この「柔軟性を発揮してほしい」という言い回しです。
交渉の現場では、当事者ではない第三者が柔軟にと口にするとき、それは相手に譲歩を迫る言葉であると同時に、自国が中立的な仲介役でありたいという意思表示でもあります。将来、仲介役を担える位置を残しておきたいという計算も、私は感じます。
米イラン間の枠組みだった6月17日署名のイスラマバード覚書について、米側が想定した60日間の交渉期間は8月17日に一つの節目を迎えました。
ただし、イラン外務省報道官は、文書に60日間という期限が明記されているわけではないと反論しています。
つまり今の応酬の背景には、そもそも双方が同じ文書を同じ意味で読んでいなかったという、交渉の根っこにある食い違いがあるのです。
ワシントン・ポスト紙によれば、複数の米軍幹部が大規模な軍事作戦の長期化は持続不可能だとヘグセス国防長官に伝えたとも報じられています。
戦争には、始めるより終わらせる方が難しい局面があります。将来の危険を取り除こうとすれば現在の犠牲が増え、現在の犠牲を減らそうとすれば将来の危険が残ります。日本大学の千々和泰明准教授が論じてきた「戦争終結のジレンマ」は、まさにこの構図を言い当てています。
ここで問われるのは、トランプ大統領が戦争をどう終わらせるかではなく、「何をもって勝ったと言えるのか」です。体制転覆によって将来の危険そのものを消し去るという当初の目標が叶わないとわかった今、目標は海峡の開放という現実的な着地点へと後退しつつあります。
枠組みなき応酬が続くのは、双方がまだこのジレンマの出口を見つけられていない証拠だと、私は見ています。
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