トランプとイランの報復合戦はなぜ止まらないのか?最後の調停官・島田久仁彦が説く「終わりが見えているようで見えていない戦争」の正体

 

【3.ロシアの核による恫喝-本当に怖いのは核そのものなのか】

米ブルームバーグ通信は8月26日、プーチン大統領がウクライナとの和平交渉に見切りをつけ、攻撃拡大の準備を進めていると報じました。同じ報道は、通常兵器と比べて破壊力が比較的小さい戦術核兵器の使用可能性も、水面下で再浮上していると伝えています。

「ロシアは本当に核を使うのか」

今週、改めて突きつけられた問いです。

ロシアは、ウクライナ侵攻が始まって以来、幾度となく核という言葉を口にしてきました。西側が戦車を送れば核、長射程兵器を送れば核、ロシア領を攻撃すれば核、クリミア奪還を試みれば核。

そのたびに、いわゆるレッドラインは実際には踏み越えられ、そのたびにロシア側は一歩後ろへ下がってきました。

もちろん、これは私の読みですが、核恫喝の主な標的はキーウだけではなく、ワシントンやベルリン、パリ、ロンドンで、これ以上のエスカレーションは避けなければならないと考える人々なのだと思っています。

核という言葉を聞くたびに支援の手を緩めるという行動は、核戦争を回避しているようでいて、実際にはロシアの心理戦につきあってしまっているだけなのかもしれません。

核兵器は、実際に使うことによってではなく、使えると相手に信じさせることによって抑止力を発揮します。だからこそ核兵器には、通常兵器とは違う逆説があります。実際に使ってしまえば、その瞬間から抑止の道具ではなく、戦争そのものを変えてしまう兵器になるのです。

切り札は、切ってしまえば、少なくともそれまでと同じ意味では使えなくなります。握り続けているあいだのみ、相手を最も強く縛ることができます。私自身、交渉の現場で何度もそう感じてきました。

ロシアが戦術核を実際に使用するハードルは、少なくとも2つの理由から高いと私は考えています。

1つ目は、核使用は情報戦では隠しきれないという点です。通常兵器による民間施設への攻撃であれば、ロシアはこれまで責任を否定し、ウクライナ側に転嫁する情報戦を続けてくることができました。

しかし核爆発となれば話は別です。爆発そのもの、放射性物質の拡散、衛星による監視など、世界中の目が一斉に集中します。第2次世界大戦後、実際に核兵器を戦争で使用した最初の国家という烙印は、どのような情報戦を展開しても消すことができません。

2つ目は、核使用がロシア自身の外交的・戦略的孤立を深めるという点です。ロシアが核兵器を使用したからといって、NATOが自動的に核報復に踏み切るわけではありません。しかし、核使用という一線を無罰のまま越えさせてしまえば、世界中で核拡散に歯止めがかからなくなるという、ウクライナ戦争そのものを超えた戦略的な問題が発生します。

加えて、中国は1994年、ウクライナに対して核兵器を使用・威嚇しないとの安全保証を表明しており、2013年にもこの約束を再確認しています。NATO型の集団防衛条約とはまったく違いますので、中国がウクライナのために参戦するという話ではありません。それでも、ロシアが非核兵器国であるウクライナに核兵器を使用すれば、プーチン大統領はワシントンだけでなく北京にも難題を突きつけることになります。

一つの戦場で数十平方キロメートルを得るために、ロシアは世界最大の軍事同盟との対立を別の次元に引き上げ、戦争継続の生命線である中国との関係まで危うくしかねないのです。

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