【2-3.「闇タンカー」と、信頼という商品】
では、海峡の現実はどうなっているのでしょうか。
欧州の調査会社ケプラーの推計によると、9月にホルムズ海峡を通過したとみられる原油は日量936万バレルにのぼり、8月から356万バレル増えて、2月末の開戦後で最も多い水準になりました。
つまり、戦前に海峡を通っていた日量約1,500万バレルの、6割程度まで戻ったことになります。
ただし、これは位置情報を切った船の積み荷を推計で加えた原油だけの数字で、推計の手法によって幅が出る点には注意が必要です。
この回復を支えているのが、いわば「闇タンカー」と、オマーン沖での船から船への積み替えです。位置を知らせる信号を切って海峡を抜け、湾の外で待つアジア向けのタンカーに原油を移し替えるのです。
英アーガス・メディアによれば、長期契約を原則としてきたサウジアラムコも、9月から11月の渡し分で、オマーン沖での積み替えを経由した原油のスポット入札を始めました。
ペルシャ湾の奥に位置するイラクの国営石油販売公社は、9月29日付で10月積みの原油を指標より1バレル34.5ドルから37ドル安く設定し、値引きをさらに広げています。
9月30日の終値で見ると、北海ブレント原油の先物は、この日に最終取引日を迎えた11月限が1バレル103ドル台、米国産のWTIの11月限は90ドル台でした。2008年に記録した史上最高値の147ドル台には遠く及びません。
とはいえ、私はこれを「危機が去った」兆しとは見ていません。保険も監視も届かない灰色の物流は、一隻のタンカーの事故や一度の拿捕で、すぐに途切れてしまうからです。例えるならば、今の状況は、細く長い吊り橋を、大勢の人が息を殺しながら恐々渡っているような状態だと言えるでしょう。
IEA(国際エネルギー機関)のビロル事務局長は、日本経済新聞のインタビューで、「一度割れた花瓶は元には戻らない」というトルコのことわざを引き、2月28日以前の中東に戻ることはないと述べています。
危機的な状況にもかかわらず、これまで原油価格が1バレル100ドル前後で収まってきたのは、危機前の供給過剰、IEAの4億バレルの協調放出、中国の輸入削減という一度限りの要因が重なったからだとし、封鎖が続けばアジアが特に厳しくなると警告しました。
私が重く受け止めたのは、世界のエネルギー地図が描き直されるなかで、最も重要なコモディティーは石油でもウランでもなく「信頼」だという指摘です。
ビロル事務局長は単位を示さないたとえ話として、これまでは4ドルと5ドルの売り手がいれば4ドルを選んだが、これからは5ドルの売り手の方が安全で安定していると判断すればそちらを選ぶだろうと述べています。
交渉の世界の言葉に置き換えれば、価格ではなく「約束の信頼性」に値段がつく時代が来たということです。
闇タンカーが運ぶ原油は、安くても信頼がありません。
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