外交交渉で決着がつかず、「次の機会」へと先送りされる数々の問題。現時点の国際情勢に目をやれば、米中間の懸念からホルムズ海峡を巡る攻防まで、積み残された争点は枚挙に暇がない上に、それぞれが新たな期限を迎えようともしています。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦が読み解く国際情勢の裏側戦略インテリジェンス・レポート』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、米中首脳会談を詳細に検証するとともに、米国とイランの交渉が直面する「順番の壁」を自身の調停経験をもとに解説。さらにエネルギー供給を支える「信頼」の重要性や、中東で進む米国の覇権後退について論考しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:書かれなかった一行-握手の陰で先送りされた争点と、迫りくる期限
書かれなかった一行-握手の陰で先送りされた争点と、迫りくる期限
「80年以上前、中国と米国の人々は、日本軍国主義の侵略者との戦いで肩を並べた」
9月24日の夜、ホワイトハウスの国賓晩餐会で、習近平国家主席は乾杯のあいさつにこの一節を盛り込みました。その日、トランプ大統領も歓迎式典で、共通の利益の追求が「第2次世界大戦では私たちを同盟国にすらした」と語っていたのです。
私はこの二つの言葉を並べて読んだとき、外交の世界で最も怖いのは、相手が何を言ったかより、「誰も反論しないまま言葉が記録に残っていくことだ」と、あらためて感じました。
皆さんもお気づきのように、当時、米国と同盟関係にあった中国の政府は中華民国政府であり、中華人民共和国が成立したのは戦後の1949年のことです。
中国の人々が日本の侵略と戦った歴史そのものは、紛れもない事実です。しかし、米大統領の口から出た「同盟国」という言葉は、中国の「抗日」の物語を補強する材料として、これから何度も引用されることになるでしょう。
その一方で、この首脳会談には「書かれなかった一行」がいくつもありました。
ホワイトハウスが翌25日に出したファクトシートには、台湾という言葉が一度も出てきません。また、米国が提案したとする米中ロ三カ国の軍備管理交渉は、中国側の記録には一行もありません。
確認できる事実は、双方の発表文がそれぞれ異なる論点を記し、共通の記述が限られていたということです。それが意図的な選択だったのか、会談を決裂させずに済んだ理由なのかは、公開された情報からは分かりません。
ただ、私にとっては見覚えのある光景でもあります。
私は気候変動交渉の現場で長く首席交渉官を務めましたが、深夜の交渉会場で、合意文書から争点の文言をあえて外して会議の決裂を避ける場面を何度も見てきました。それは知恵でもありますが、問題を次の会議に先送りすることでもあります。
書かれなかった一行は、主張の内容や懸念が消えたわけではありません。いずれ形を変えて、誰かの机の上に戻ってきます。そして今、先送りされてきた争点が、10月から11月にかけての日程の上に一斉に並び始めています。
米国とイランは、ホルムズ海峡の再開と封鎖の解除のどちらを先にするかで綱を引き合い、その背後では11月3日の米国の中間選挙が近づいています。
イスラエルは10月27日の総選挙を控え、ヨルダン川西岸のE1入植地の入札は10月19日に締め切られます。
アフリカの角では、和平合意の外に置かれてきた勢力が手を組み、エチオピア北部が再び戦火に包まれつつあります。
「握手の陰で先送りされた争点と、待ってくれない期限」
その交点で、日本の立ち位置もまた問われています。
【1.米中首脳会談の答え合わせ-台湾、取引、AIと核】
前号は、米中首脳会談の結果が出る前に配信しました。その際、配信後に確かめるべき点として、台湾をめぐる言葉、関税をめぐる取引、AIをめぐる通報の仕組み、そしてイランへの働きかけの四つを挙げました。まずは、その答え合わせから始めます。
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