「鉄の暴風」と呼ばれた沖縄戦から80年あまり。そんな沖縄が、再び「大暴風」に見舞われる事態となっています。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、先日の衆院選で「オール沖縄」が自民党に全選挙区を奪われた原因を解説。その上で、今後の沖縄政界の行く末を考察しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:安住淳の一言で「オール沖縄」が死に玉城デニー知事3選にも暗雲が垂れ込めた/「中道」は権力が野党を絡め取るための罠であることの好事例
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
安住淳の一言で瀕死状態に。「オール沖縄」に未来はあるのか
安住淳=前中道改革連合幹事長はこういう風に言うことも出来たはずである。
「我が立憲民主党は沖縄の辺野古基地建設についてはこれまで『工事中止』を掲げてきた。一方、公明党は先頃まで与党の立場で、しかも、斉藤鉄夫代表はじめ同党の皆さんが歴代、工事推進を担当する国交相のポストを担当してこられて、相入れない立場にある。しかし、公明党自体も、沖縄県本部は一貫して辺野古建設には反対、『県外移設』の主張を崩していないというネジレ状態にあった。そこで、せっかく公明党も自民党と決別して野党になった訳であるから、ここは一つ『君子は豹変す』で、県本部の主張に寄り添って『工事中止』に転換して頂くのがよろしいかと思う。まあ経緯のあることなので、時間をかけて議論して頂ければいいのではないか」
と。ところが1月19日の中道の綱領発表の記者会見で彼が質問に答えて実際に述べたのは、こういうことだった。
「両党の今までのスタンスが違っていたのは事実だが、私どもも政権にいた時には辺野古はやらざるを得ないということでやってきたから、中道が政権を担うことになれば工事をストップすることは現実的でない。ただし、沖縄の皆さんの戦争時の大変な経験など心情を察すれば竹を割ったような話にはならないので、その思いを大事にしながら、安全保障との整合性をつくっていかなければならない」
ということだった。
これでは、その4日後に解散が迫る中、「オール沖縄」陣営が大混乱に陥るのは当然だった。1区の赤嶺政賢は共産党だから別として、2区の新垣邦男(社民党を離れ無所属)、3区の屋良朝博(立憲)、4区の砥板芳行(立憲)は慌てて中道に入党したものの、その途端に安住の辺野古容認発言で頭をブン殴られた格好になり、結果的には勝てるはずの2区と3区を失い、その逆風が1区に影響してそこも失って、「オール沖縄」は2014年の発足以来初めて、4つの区の全てで自民党に議席を奪われるという大惨事に立ち至った。これでは、秋の県知事選で玉城デニー知事の3選を目指そうという取り組みに力が入らないのも仕方がない。
こうして、安住のたった一言で「オール沖縄」は瀕死に追い込まれ、デニー3選も暗雲に包まれてしまったのだから、政治家の無思慮な言葉ほど恐ろしいものはない。
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