歴史的とも言える、イラン核協議の最終合意。日本は安保法制のニュース一色であまり注目されていないようにも思われますが、国際関係アナリスト・北野幸伯さんは無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』で、イラン核合意は安保法制にも大きく関わってくると述べています。
世界を変えるイラン核交渉最終合意ー日本にとっては?
「歴史的」といえるできごとがありました。
<イラン核交渉>最終合意 ウラン濃縮制限、経済制裁を解除 毎日新聞 7月14日(火)22時1分配信
【ウィーン和田浩明、田中龍士、坂口裕彦】イラン核問題の包括的解決を目指し、ウィーンで交渉を続けてきた6カ国(米英仏露中独)とイランは14日、「包括的共同行動計画」で最終合意した。
イランのウラン濃縮能力を大幅に制限し、厳しい監視下に置くことで核武装への道を閉ざす一方、対イラン制裁を解除する。
2002年にイランの秘密核開発計画が発覚してから13年。粘り強い国際的な外交努力によって、核拡散の可能性を減じる歴史的な合意となった。
- イランの核開発を厳しい監視下に置く
- 核兵器開発の道を閉ざす
- 見返りに制裁を解除する
だそうです。
なぜこれが「歴史的事件」なのでしょうか?
「イラン問題」は「核兵器開発問題」にあらず
これ、新しい読者さんにとっては仰天情報ですね。「トンデモ!」「陰謀論!」という声が聞こえてきそう。
しかし、これ本当です。証拠をお見せしましょう。
<イラン核>米が機密報告の一部公表 「脅威」を下方修正
【ワシントン笠原敏彦】マコネル米国家情報長官は3日、イラン核開発に関する最新の機密報告書「国家情報評価」(NIE)の一部を公表し、イランが03年秋に核兵器開発計画を停止させたとの分析結果を明らかにした。
(毎日新聞2007年12月4日)
どうですか、これ?
最初に引用した記事によると、イランの核兵器開発計画が発覚したのは
「02年」。
ところが、翌03年には、「核兵器開発計画を停止した」と、アメリカ自体が認めているのです。
そもそも、イランの「核兵器開発計画があったのか」も怪しいですね。IAEAの天野事務局長さんだって、こんなことをいっていました。
イランが核開発目指している証拠ない=IAEA次期事務局長
【ウィーン 3日 ロイター】国際原子力機関(IAEA)の天野之弥次期事務局長は3日、イランが核兵器開発能力の取得を目指していることを示す確固たる証拠はみられないとの見解を示した。
ロイターに対して述べた。
天野氏は、イランが核兵器開発能力を持とうとしていると確信しているかとの問いに対し「IAEAの公的文書にはいかなる証拠もみられない」と答えた。
(ロイター22009年7月4日 )
どうですか、これ?
「イランが核兵器開発能力を持とうとしている」
「いかなる証拠もみられない」
これが6年前のこと。
私が「イラン問題=核兵器開発問題にあらず」と書いたことが、「トンデモ」「陰謀論」でないこと、ご理解いただけたことでしょう。
「イラン問題」と「石油ガス利権」
イラン問題ではなく、「イラク戦争」の真因について、超重要人物の「衝撃告白」をとりあげます。
「イラク開戦の動機は石油」=前FRB議長、回顧録で暴露
【ワシントン17日時事】18年間にわたって世界経済のかじ取りを担ったグリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長(81)が17日刊行の回顧録で、2003年春の米軍によるイラク開戦の動機は石油利権だったと暴露し、ブッシュ政権を慌てさせている。
(2007年9月17日時事通信)
グリーンスパンさんが、「イラク戦争の動機は石油だった」と暴露した。ちなみに、彼はこの件について、「誰もが知っている事実だ」と語っています。
「イラン核開発問題」がはじまったのは02年のこと。このとき、ブッシュは、中東の資源大国イラクとイランを、同時にバッシングしていた。それは、グリーンスパンさんにいわせると、「資源がらみ」なのです。
実際、ブッシュは03年、ロシアの石油利権にも手を出し、プーチンを激怒させています(=ユコス事件)。
ブッシュ(子)政権時代、アメリカは積極的に世界の資源利権確保に動いていた。
これが、「イラン問題」の真因1です。