日本酒の復権を賭けた戦い。新潟の銘酒「八海山」大変貌のヒミツ

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新潟県魚沼市の霊山・八海山の雪解け水を使って丁寧に作られた名酒「八海山」。日本酒に詳しくない人でもお店などで目にしたことがあるのではないでしょうか?「テレビ東京『カンブリア宮殿』(mine)では、放送内容を読むだけで分かるようにテキスト化して配信。長年培われた伝統の職人技と、最新鋭の技術から作られるハイブリットな日本酒は、なぜこれほど長い間飽きられず、多くの人を魅了し続けるのでしょうか?

東京から新潟の田舎町に殺到~客を酔わせる絶品スポット

東京から新幹線で1時間半、新潟県・南魚沼市。高齢化が進むこの過疎の町に、最近、驚くべきスポットが現れた。山麓にいくつもの建物が立ち並ぶ。過疎の町とは思えない賑わいぶりの「魚沼の里」という施設だ。

関東からも大勢がつめかけるこの「魚沼の里」には、ここでしか味わえない絶品の店が並んでいる。

ある店は「酒の實煮込みうどん」(1200円)が評判。酒粕をふんだんに使って、具沢山に煮込んだ他にない芳醇な味わいのうどんだ。負けじと客を集めるスイーツの店も。一番人気は「にほんしゅバウムクーヘン」。表面にたっぷりと日本酒をしみ込ませた、大人向けの甘さが魅力だ。別の行列店の人気は「もち豚の塩麹漬け定食」(1000円)。塩麹の甘みがひろがる、驚くほど柔らかい豚肉だ。ここは美しい自然の中を歩きながらそんな様々な味わいに出会える場所なのだ。

「魚沼の里」を作ったのは、日本酒八海山を造る八海醸造。「八海山」といえば1980年代全国的な地酒ブームを牽引した新潟・南魚沼の名酒。飲み飽きないキレのある辛口の味わいで、今や、定番の日本酒として全国で親しまれるようになった。

驚くべきは、縮小を続ける日本酒市場の中での「八海山」の成長ぶり。その奇跡を生み出したのが八海醸造3代目・南雲二郎だ。

創業以来、まさに八海山のふもとで酒造りをしてきた八海醸造。南雲がその最大の武器を見せてくれた。その場所は熊が出るような森の中。現れたのは、八海山から豊富に染み出す雪解け水だ。このアルカリ分の少ないまろやかな軟水を直接引き、その水で米を洗うところから八海山の酒造りが始まる。

自慢の美味しい水で蒸し上げた酒米。そこへタネ麹をふりかけ、麹づくりが始まる。夜中に泊まりこんでまで、僅かな温度変化を調整するため、蒸し米を動かしていく。50時間以上かけて管理してできあがるのが酒蔵の生命線とも言える米麹だ。

米麹ができるとさらに発酵工程へ。40日以上手間ひまかけて日本酒を作り出していく。こういった手間のかかる日本酒づくりのノウハウこそが、八海醸造の好業績を支えている。

スイーツからドレッシングまで~酒造技術で絶品続々

首都圏のスーパーに八海山が生んだ大ヒット商品が並んでいる。「麹だけでつくったあまさけ」(864円)。酒を絞ったあとの酒粕からでなく、酒を造る前の麹で直接造っている点が他との違い。麹の発酵効果だけで十分な甘さを引き出しているため、砂糖は一切使っていない。フル稼働でも製造が追いつかず、現在、新たな工場を建設中だ。

この大ヒットを支えるものこそ長年日本酒造りで培ってきた麹などの甘みを自由にコントロールできる技術力だ。

甘酒は序の口。今、店舗を増やしているのは、八海醸造が運営する「千年こうじや」だ。客を引きつけているのは、八海山の麹や発酵技術で作った美味しそうな商品の数々。一番人気は「塩麹漬けもちぶた」(514円)。塩麹でつけ込んだ、お餅のような歯ごたえのモチ豚を自宅で楽しめる。独特の柔らかさが絶品。八海山の酒づくりで生まれる上質な麹が、様々な素材のうま味をより引き出してくれるのだ。

酒造りで生まれる美味しい味わいの酒かすも。これを丁寧に裏ごししケーキの生地に混ぜ込んで作るのが、しっとり感抜群の「酒の實バウムクーヘン」(14cm1460円)だ。

「千年こうじや」にはイートインコーナーも併設。発酵食品を酒と一緒に味わえるようになっている。日本酒が低迷する中、南雲は酒造りで培った技術で様々な商品を開発。今や売上げの2割を清酒以外で支えている

「日本酒の醸造過程でいろいろなものができてくる。それを我々の強みとして利用して、商品作りをしていこう、と。伝統的な技術の蓄積だけどそれを使うことで新しい提案ができる」(南雲)

さらに南雲は発酵食品をただ売るだけではなくその上手な使い方を教えるセミナーも開いている。東京で年150回開催されている「八海山・千年こうじやセミナー」。

「千年こうじや」で売っている商品でつくる簡単で美味しいメニュー。八海山の塩麹を混ぜ込むことで卵のうまみをより引き出した「きのこのオムレツ」、人気の甘酒を調味料として使った「さわらの照り焼き」、さらに甘酒仕立ての「スイートポテト」なども。簡単にできるレシピばかりで若い女性客のリピーターも多い。

もちろん料理と相性抜群の自慢の八海山をアピールするのも大きな目的だ。

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食事が美味しくなる酒~八海山の独自戦略

スタジオで小池栄子に「日本酒の理想の味は?」と問われた南雲は、「飲んで美味しいけど飲んだ気がしないいつのまにか手にとってしまう酒」と答えている。

実は数ある日本酒の中で、「八海山」は他とちょっと違う戦略をとっている。

例えば、かつてカンブリア宮殿でも取り上げた、今一番人気の山口県の「獺祭」の場合、原料の米の精米を極限まで行うのが特徴。実に2割程度になるまで磨き上げたものを使っている。これにより米の雑味を取り除き、上質な香りを出すことにこだわっているからだ。

一方、全国19の酒蔵が一堂に会した日本酒のイベント「AOYAMA SAKE FLEA」でひときわ客を集めていた注目株「若駒」。作ったのは若駒酒造の若き6代目、柏瀬幸裕さん。こちらは「獺祭」とは真逆。ほぼ米を精米しない。栃木県小山市にある若駒酒造では、他にない味わいを作るため、思い切って米の精米歩合は80%に。ほとんど磨かない酒造りに挑戦し、甘みのある濃厚な味を実現した。「個性を出す酒蔵さんがいっぱいあるので、もっと個性的に仕上げたいですね」(柏瀬さん)と言う。

今やそんな個性を主張する酒造りが全盛期なのだ。しかし「八海山全く逆の戦略をとる。それは、あえて個性を抑えた酒だ。

米を削る精米歩合は60%。甘みがほのかに香る程度。発酵過程も低温でゆっくりと行うことで、複雑な味わいが出るのを抑えているという。

あえて個性を抑える理由が「八海山」に親しんでもらうための料理教室に。そこではなぜかシュウマイ作りを教えていた。様々な料理に八海山が合うことを知ってもらいたいという。

つまり、狙いは食中酒。実際、シュウマイを食べて八海山を味わってみた参加者は相性のよさに驚いていた。個性の強い酒で支持を得るのではなく、日常的な食事と一緒に気軽に楽しんでもらうことでファンを増やす、これが「八海山」の戦略だ。

日本酒というのは食事をしながら飲むもの気づかないうちに飲んでしまうものが食中酒ということだと、僕は思っています」(南雲)

価格が3倍に?ブランド日本酒の実態         

10月1日、日本酒の日に開かれたのは酒造メーカー主催のイベント「全国一斉日本酒で乾杯!2016」。減り続ける消費を盛り上げる狙いだが、会場で日本酒低迷の理由を聞くと、良い酒の高騰が問題だという。

カンブリア宮殿でも取り上げた、今、一番人気の日本酒「獺祭」。当時、旭酒造の桜井博志社長は「それなりに給料をもらっているサラリーマンの方が普通に家で飲めるお酒」にしたいと語っていたが、蔵元が3000円で売っている「獺祭」に9000円近い値段をつけている業者も珍しくない。あまりの人気に生産が追いつかず、末端の店に高値を付けられてしまっているのだ。

そんな中で、「八海山」は独自のポジションで親しまれている。「八海山」のレギュラー酒は大人気にもかかわらず、ほとんど値上がりせず、お値打ちなのだ。

南雲はまさにその価格安定を大命題として取り組んできた。

レギュラー酒がいつでもどこでもあって欲しい人が買えるような状況になってきた。それに対しては長年、執念に近い気持ちでやってきました」(南雲)

八海醸造は1922年、南雲の祖父・浩一がおこした。そして地元客に親しまれる酒蔵として成長してきた。

だが、3代目として入社した南雲は、1980年代の地酒ブームの時に驚きの光景を目にする。それは東京の卸へ営業が終わり、ふと立ち寄った居酒屋で見た「八海山」の値段。通常の2倍以上の値がつけられていた。

南雲は身分を明かし、そこまで高く売っている理由を聞いた。すると店主は「あんたら蔵元が売らないから高くなる。うちは今月、3本しか買えなかった」と答えた。「八海山」は地酒ブームで驚くほど品薄になっていたのだ。南雲がいつも通る地元の酒屋の前には、常連のお年寄りが寒さに震えながら「八海山」のために並んでいた。

「毎日、当たり前に飲んで満足してもらうことを目指しているのに、いつのまにか普通に飲めない高い酒になっている。これは相当まずい、と」(南雲)

南雲は、蔵人たちが丁寧な手作業で作り続けてきた「八海山の大量生産を決意した。

究極の職人技も~安くて良い酒、八海山の秘密

そして南雲が作ったのが「第二浩和蔵」。コンセプトは「大量生産でも味を犠牲にしない」だった。

酒蔵の中では、全自動の水流式洗米機が超高速で米を洗っていた。かつて職人が手作業で行っていた水を吸わせる工程も、秒単位で水に浸す時間をコントロールできる全自動の機械がとって替わっていた。

製造部次長の棚村靖は「産地の違いでも微妙に水の吸い方は変わるので、30秒刻みで時間をコントロールできる。人間だとどうしても疲れるので、作業にムラやばらつきが出るんです」と言う。

職人の作業を細かく精査した上で、多くを機械に置き換えた。まさに大量生産、最新鋭の日本酒工場だ。ところが、正確な水分量で機械が蒸し上げた米が運ばれた先には、大勢の蔵人たちがいた。実はこれがこの蔵の最大の特徴だ。

年間数百万本の日本酒が製造できる設備で、麹づくりを人の手で行う蔵はまずない。「八海山」では大量生産でも味を落とさないため、自動化で浮いた資金を職人の手作業が必要な工程に惜しげもなく投じているのだ。

南雲が「八海山」最高の酒を見せてくれた。特別に作った大吟醸。でも、売るための酒ではないという。

これが作られるのは、毎年1月。大きな台でなく、今はあまり見なくなった「へぎ」と呼ばれる箱に米を盛り、麹を作る。発酵温度を変化させるため手でくぼみを作ったり、溝を刻んだり、微妙な動作でコントロールする。

実はそんな究極の職人技を残していくためにあえて最も手間のかかるやり方で酒を造っているのだ。それが売らない酒造りの理由だった。

ハイテクと職人技のハイブリットな酒蔵で作るレギュラー品のお酒は、年間実に250万本。安くて良い酒「八海山」は、こうして生み出された。

魚沼に客を呼び込む~負けない酒蔵の地元戦略

この日、「魚沼の里」であるイベントが開かれていた。

集まった一行が次々に入っていったのは田んぼ。魚沼産コシヒカリの収穫体験だ。収穫が終われば、大きな釜で炊き上げたツヤツヤの新米の登場。体を動かした後の最高の贅沢。地元のとれたて卵を使って、卵かけ御飯に。

南雲は魚沼を知ってもらうための様々な取り組みに力を入れてきた。

「ここで我々の日本酒が生れたのですから、我々の根本を知ってもらうことは、我々のお酒を深く理解してもらえることにつながると思います」(南雲)

より魚沼を知ってもらうために、雑誌まで発行している。

その名も『魚沼へ』。お酒の広告はほとんどなく、取り上げるのは、魚沼で普通に暮らしてきた人々の姿。年4回の発行に合わせて魚沼中を駆け回って取材を行っている。

この日、訪ねたのは、国の重要文化財に指定されている茅葺屋根の農家「佐藤家住宅」。取材をするのは、雑誌『山と渓谷』などを手がけた名物編集者の森田洋さん。今回はこの建物の主人、85歳の佐藤清一さんを表紙にするという。

創刊から13年。魚沼の隠れた資源を守り続けている普通の人々の笑顔を残してきた。新刊を楽しみに待つ地元の人も少なくない。すでに表紙デビュー済みの田村カンさんもそのひとり。「魚沼のことがよくわかる。今は人口も減ってしまって集落も続けていられない状態。小さな雑誌でも作ってもらえれば『良かった、俺たちが出ている』と話し合うこともできる。一生の記念です」と言う。

『魚沼へ』は、魚沼に足を運んでもらうきっかけになればと、東京の店舗にも置いている。そんな地道な活動が口コミで広がり、「魚沼の里」の賑わいが増している。

「ここは年間に10人も来ないようなところでしたから。『酒蔵の二郎もちょっとは役に立っている』と言われたいという感じですかね」(南雲)

~村上龍の編集後記~

八海山は飽きない。「どうだ、うまいだろう」という奢りも媚びもない

製造には細心の注意が払われどの工程にも妥協がない小説と似ている。飽きないで最後まで読んで欲しい、そう思うと、一行一句手を抜けない。

「八海山」は、酒と言えば灘、伏見という時代に、新潟の、周囲を山々に囲まれた辺鄙な町で誕生した。

だが名声や伝統と無縁だったからこそ、常に進化への希求があった。

淡麗でありながら、しっかりした味がある「八海山」、飲むたびに「いい酒だな」と思う。造り手の気概が伝わってくる。

<出演者略歴>

南雲二郎(なぐも・じろう)1959年、新潟県生まれ。東京農大卒業後、新潟県醸造試験場へ。1984年、八海醸造入社。1997年、社長就任。2012年、「千年こうじや」オープン。

source:テレビ東京「カンブリア宮殿」

テレビ東京「カンブリア宮殿」

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テレビ東京系列で毎週木曜 夜10時から放送。ニュースが伝えない日本経済を、村上龍・小池栄子が“平成カンブリア紀の経済人”を迎えてお伝えする、大人のためのトーク・ライブ・ショーです。まぐまぐの新サービス「mine」では、毎週の放送内容をコラム化した「読んで分かる『カンブリア宮殿』~ビジネスのヒントがここにある~」をお届けします。

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