聖徳太子が建てた華道の聖地。京都のおへそ「六角堂」を往く

kyoto20170519
 

京都のちょうど真ん中、おへその部分に位置する、聖徳太子ゆかりの「六角堂(頂法寺)」。華道の聖地として、また縁結びのご利益がある寺院としてもよく知られています。今回の無料メルマガ『おもしろい京都案内』では著者・英学(はなぶさ がく)さんが、この六角堂の多彩な見どころを紹介しています。

京都のおへそ・六角堂

このお寺は京都市中心部四条烏丸から少し上がった(北に行った)ところに平安京が出来る前からあったとされています。六角堂頂法寺)は京都駅からまっすく北に伸びる烏丸通りの四条と三条の中間にある聖徳太子ゆかりのお寺です。正式名称は頂法寺ですが、本堂が六角形をしていることから六角堂の名で親しまれています。

華道家元池坊家が住職を務める寺院で、生け花発祥の地としても有名です。西国三十三所観音霊場の十八番札所でもあり、昔から巡礼者がたくさん訪れていたようです。

六角堂は587年に聖徳太子によって建立された由緒ある寺院です。聖徳太子は熱心な仏教徒でした。淡路島に流れ着いた如意輪観音像を念持仏として持ち歩いていたと伝えられています。念持仏というのは、自分が祈りを捧げるために常に持ち歩くことの出来る仏像です。昔の人はお守りのように小さなポケットサイズの仏像を持ち歩いていたのですね~。

六角堂の由来

聖徳太子は四天王寺を建立するために京都盆地を訪れたそうです。その時に、現在六角堂が建っている場所で沐浴を行ったようです。沐浴というのは水で身体を清めることなのですが、主に宗教儀礼として行う場合このようにこの言葉を使うようです。

聖徳太子が沐浴を終えて年持仏を手に取ろうとすると、仏像は「この地にとどまって人々を救う」と太子に告げたそうです。太子はこれに従って仏堂を作って観音像を祀りました。これが六角堂の始まりといわれています。

鎌倉時代、浄土真宗の開祖、親鸞(しんらん)は六角堂で百日間籠(こも)るという修行を行ったことで有名です。親鸞は修行中に聖徳太子の夢を見て、浄土宗の開祖・法然に帰依するようになったと伝えられています。

室町時代になると六角堂は町人が集まる集会所のような憩いの場となりました。江戸時代には、観音霊場の場として日本全国の庶民の信仰を集め、周辺には門前町が形成されました。

今もこの辺りが栄えているのはその時の名残といえるでしょう。明治時代以降も六角堂は町の中核であり続け、今でも地元の人々からは「六角さん」と呼ばれ親しまれています。時代が変わっても六角堂はずっと同じ場所にあって、多くの人々の信仰を集めてきたのです。

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