日本の広辞苑が「台湾は中国の一部」に改定。日台の絆に深い傷

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岩波書店刊の広辞苑が、「台湾は中国の省の1つ」と記載したことに対し、台湾の人々から抗議の声が上がっています。これを受け台湾出身の評論家・黄文雄さんは自身のメルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』の中で、歴史的事実を紐解きながら広辞苑の記載内容は明らかな誤りとした上で、その裏にちらつく「台湾併合」を目論む中国の卑劣な行為について厳しく批判しています。

※本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2017年11月29日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:黄文雄(こう・ぶんゆう)
1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。1994年、巫永福文明評論賞、台湾ペンクラブ賞受賞。日本、中国、韓国など東アジア情勢を文明史の視点から分析し、高く評価されている。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(徳間書店)など多数。

【台湾】中国の主張を繰り返す日本メディアに対して声を上げ始めた台湾

● 広辞苑が台湾を「中国の省の1つ」としたことに抗議の声が上がる─中国メディア

岩波書店の広辞苑に、「台湾は1945年の日本の敗戦によって中国に復帰した」という説明や、中国の26番目の省として記述されているということが判明し、多くの抗議の声が上がっています。

このメルマガの読者の皆さんにとっては今更な話かもしれませんが、第2次世界大戦を終結させたカイロ宣言およびポツダム宣言は、各国首脳の署名がない空文書だという説が有力です。それによって「台湾地位未定論」が生まれたわけです。台湾はどこかに帰属する地域なのか、それとも台湾独自のものなのか。歴史を遡ってもその答えは不明確です。

日本が台湾を領有していた50年あまりの間、日本では台湾は植民地なのか、日本内地の延長なのかという議論が続いていました。そのことは、このメルマガでも折りに触れ書いていますし、拙著でもよく書いていますので、ここでは割愛しますが、日本が敗戦したことにより台湾から引き揚げた後、蒋介石の国民党軍が台湾にやってきました。ここが歴史の分岐点となったわけです。

蒋介石の中華民国と、毛沢東の中華人民共和国の二つが存在することとなり、台湾は中国とは違う独自の歴史を歩むこととなります。戦後の台湾は、国民党による白色テロ時代が長く続き、台湾人にとっては受難の時代でした。

一方で、中国では毛沢東の文化大革命が終結するまで混乱につぐ混乱が続き、国内は荒れ、人々は互いに殺し合っていました。中国も台湾も、ともに戦後はいばらの道をあゆんできましたが、それぞれが違う道を歩んでいたわけであり、台湾が中国の一部として歩んできた歴史は一日たりともありません

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