米国の「ハイブリッド・ストラテジー」戦略か
米国事情に精通するジャーナリスト松尾文雄さん(共同通信OB)のブログ『アメリカ・ウォッチ』が、このIT研修に触れていますので、その一部をご紹介しておきます。
「交流の主体は、ニューヨーク州北部にある1870年にメソディスト教会によって創立された長い歴史を持つシラキュース大学と、平壌にある北朝鮮の代表的理工系大学である金策工業総合大学。テーマは、システム・アシュアランスと呼ばれるIT技術をめぐる『双務的研究協力』とされている。
しかし、それは建前上のことで、実際はシラキュース側が金策側にIT基礎技術を教え込む研修の実施である。このプロジェクトに対して資金を提供しているのが、週刊誌『タイム』の創刊で成功した、故ヘンリー・ルースが残した七億ドルの遺産をもとに、アジア各国でさまざまな教育支援事業を展開している『ヘンリー・ルース財団』。その仲介役としては、朝鮮戦争直後に韓国とアメリカとの友好親善団体として設立された、ニューヨークに本部があるコリア・ソサエティー。連絡役には、ニューヨークの北朝鮮国連代表部も加わっている。シラキュース大学キャンパスで研修を受ける金策工業総合大学側の関係者には、米国務省からビザが出ている。
どこから見てもアメリカ、北朝鮮、そして韓国も暗黙の支持を与えている立派な民間交流である」
「最初の研修がシラキュース大学で開かれたのが2003年4月である。(中略)2003年4月といえば、北朝鮮をイラク、イランとともに『世界にとって最も危険な悪の枢軸』と決めつけたブッシュ大統領が、実際にイラク戦争を強行した直後である。4月9日にはバグダッドが陥落している。北朝鮮の核開発問題でも六者協議の前段の米朝中の三ヵ国協議が不調に終わり、アメリカと北朝鮮の間の緊張も高まっていた。その中で、こうしたIT技術研修が堂々と行われていたのである」
これを見て、「米国は、どうして北朝鮮の脅威を増大させるようなことをするのか。北朝鮮からのサイバー攻撃の脅威が増すだけではないか」と考えるのは日本的に過ぎるでしょう。
米国はこれまでも、同盟国や友好国の若手エリートを大学院などに受け入れ、博士号を取らせて帰国させ、そのエリートを通じて、その国をコントロールする、いわば「ハイブリッド・ストラテジー」とも呼ぶべき戦略姿勢を見せてきました。むろん、日本についても例外ではありません。
その「ハイブリッド・ストラテジー」を北朝鮮にも適用しているとしたら…。
米国で研修したエリートを通じて北朝鮮をコントロールすることは難しいにしても、北朝鮮の経済建設や農業政策、IT戦略などについては、自分たちが教えた相手ですから動向を予測することはある程度できるようになるはずです。
米国としては、そのような角度から北朝鮮の進む方向を注視し、同時に国家建設に手を貸しながら、北朝鮮が脅威にならないように導いていく、と考えているのは当然のことでしょう。そして、北朝鮮も米国の戦略的姿勢をわかったうえで、学べるもの、盗めるものは貪欲に吸収して行っている。
このような米朝関係、そして、それを踏まえて北朝鮮を安定させようとしている韓国の姿勢については、日本としても参考にできるものが少なくないと感じました。
『NEWSを疑え!』第371号より一部抜粋
著者/小川和久(軍事アナリスト)
地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流のビジネスマンになり世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せません。
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