2%の物価安定目標の実現を目指す日銀ですが、黒田総裁が語る景気認識・物価認識には、国民の感覚はもとより、日銀自身が作成する統計資料とも乖離する面が目立つようになりました。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
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プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
景気認識にずれ
日銀の景気認識・物価認識には、国民の感覚はもとより、日銀自身が作成する統計資料とも乖離する面が目立つようになりました。
まず景気判断について、黒田日銀総裁は11日の支店長会議で次のような認識を示しました。
「我が国の景気はコロナ感染症の影響から一部に弱めの動きがみられるが、基調としては持ち直している。先行きについては、感染症の影響が緩和する上に、外需の増加、緩和的な金融環境、政府の経済対策にも支えられ、資源価格高の下でも回復してゆく」と述べました。
これに対して、日銀自身が作成した資料が、これとは異なる評価を示しています。
まず、日銀の各支店が景気総括判断をまとめた「さくらリポート」を見てみましょう。昨年12月調査と今回3月調査とを比較してみると、中国地方だけが横ばいとなったほかは、北海道から関東、近畿、四国、九州に至るまで、すべての地域で下向きの判断がなされています。
東北や北陸、東海、九州などは12月に「持ち直している」としていたのが、「持ち直しの動きが一服している」となり、その他の地域ではコロナ感染症の影響で、やはり持ち直しの動きが一服したり、弱い動きがみられる、としています。
そしてこれを裏付けるように、日銀が個人消費の実態を需要面供給面から総合的に評価している「消費活動指数」をみると、昨年10-12月期がコロナの落ち着きの中で前期比4.5%増と回復した後、今年1-2月平均は、前期比3.8%減と、また大きく落ち込んでいます。
家計調査の落ち込みのみならず、小売データも弱くなっているためで、耐久消費財、サービスともに弱くなっています。
そしてさらに、日銀の「生活意識に関するアンケート調査」でも、現在の景況感について「良くなった」から「悪くなった」を差し引いた指数が、昨年9月のマイナス55.3から12月にはマイナス45.8にやや改善した後、今年3月はまたマイナス53.8に悪化しています。
少なくとも個人の景況感は一段と悪化しています。
1年後の見通しについても昨年9月のマイナス19.8から12月には一旦プラス5.0に改善した後、この3月にはまたマイナス17.1に落ち込んでいます。
日銀支店長会での総裁あいさつで示された景気認識とは大分異なるものです。
また同じ調査で個人の暮らし向きについて聞いていますが、暮らし向きが「楽になった」とする人の割合から「苦しくなった」とする人の割合を引いた数字は、昨年9月からマイナス29.5、12月にマイナス34.2、今年3月にマイナス36.9と、次第に悪化しています。
個人の暮らし向きも悪化傾向にあるというのが実感です。
Next: どこで溝ができた?物価が上がらないと言う日銀、上がって困っている消費者
物価は日銀も上昇予想
次に物価の認識ですが、日銀の黒田総裁は支店長会議で、「現状は資源価格の上昇と携帯料金の引き下げの中で0%台半ばの上昇にあるが、今後についてはエネルギー価格が大幅に上昇し、これが価格転嫁され、さらに携帯料金引き下げの影響が剥落するので、プラス幅ははっきりと拡大する、と評価。そして基調もマクロの需給ギャップ改善を受けて、基調的な物価上昇圧力は高まると見ています。
それでも金融政策は2%の物価安定目標の実現を目指し、これが実績として安定的に維持できるようになるまで、現在の金融緩和策を続けるとしています。
これまで総裁は自ら2%目標には達しないと表明していましたが、少し見方を変えたようです。それでも海外からの輸入コストを価格転嫁できるような経済にするために、引き続き金融支援を進めるとしています。
この日銀のインフレ判断に対して、日銀作成資料が異なる状況を示唆しています。
まず日銀自身が消費者物価指数の基調判断をするために、この統計から上昇率の高い上位10%と、下落幅の大きい下位10%を除去した「刈り込み平均」の上昇率は、昨年6月が前年比ゼロ、9月が0.6%、12月が0.9%、そして今年2月が1.0%の上昇と、加速気味となっています。
つまり、公式物価統計でも上下の「異常値」を除いた実勢は総裁の言う「ゼロ%台半ば」より高く、しかも基調は加速方向となります。
輸入物価はすでに前年比33%高、国内企業物価は9.5%高となり、消費者物価だけはまだ低いと見られていましたが、これもこの1年では基調として上昇率が高まり始めたことになります。
消費者はインフレを強く実感
そして消費者が実感として感じるインフレ率はこれよりさらに高いことを、日銀の「生活意識に関するアンケート調査」が示しています。
この調査でこの1年の物価がどの程度上がったか、を問う項目がありますが、その平均値は、昨年9月が4.4%、12月が6.3%、そして今年3月は6.6%に高まっています。消費者が実感とするインフレ率は、公表値より大幅に高くなっています。
実際、同じ調査のなかで、「物価がかなり上がった」と答えた人の割合は、昨年9月の8.9%から、12月は16.6%、今年3月には22.4%に増えています。
そして消費者が予想する今後1年の物価上昇率の平均値も、昨年9月の4.2%から12月に4.8%に高まり、今年3月には5.1%となっています。
そして今後1年でも「かなり上昇する」とみる人の割合が、昨年9月の8.4%から今年3月は20.4%に高まっています。
Next: 物価上昇を歓迎しない消費者たち。インフレで生活は豊かになるのか?
消費者にとって物価上昇は「困った問題」
そして注目したいのは、物価上昇について、どちらかと言えば「困ったことだ」とする人の割合が82.1%に達していることです。
つまり、ほとんどの人が物価上昇を困った問題ととらえていて、日銀が物価目標を達成しても、褒めてはもらえないということです。
この物価上昇の中で、個人の暮らし向きは前述のように期を追って苦しくなっています。
日銀の物価目標と消費者が感じる物価高への懸念には大きな溝があります。そして政府は国民の物価高は困ったこと、との認識を前提に、物価高対策を検討しています。日銀の景気、物価判断は実体と遊離している印象があります。
日銀自身が作成している調査分析資料を今一度よく見て、国民の意識を認識し、国民生活を豊かにするために汗をかいていただきたいと思います。
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- 日銀の円安誘導は危険な賭け(4/1)
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- 米国景気急減速の裏側(9/6)
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- 輸入低迷に見る日本経済の脆さ(12/11)
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- 科学力の軽視は命取り(12/7)
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- アフターコロナの見極めが難しい(10/21)
- 中国の「内憂外患」(10/19)
- 大統領選挙が米国を分断(10/16)
- 菅政権の限界(10/14)
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- エネルギー革命が静かに進行(10/9)
- コロナ禍からの回復、3つの特色(10/7)
- 鬼の居ぬ間の地政学リスク(10/5)
- 新型コロナで事実上のMMT(10/2)
- 法廷闘争を目論むトランプ陣営(9/30)
- 密かにドル安策をとり始めたトランプ政権(9/28)
- 米の中東和平がかえって緊張高める(9/25)
- 日銀の物価安定目標は景気の足かせ(9/23)
- 勢いを失ったトランプの選挙戦(9/18)
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- 世界貿易は6月底入れだが(9/9)
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- 中国習近平政権に異変か(9/4)
- 「アベノミクス」は何だったのか(9/2)
『マンさんの経済あらかると』(2022年4月15日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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