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英語とプログラミングの罠~ビジネスマンの世間知らずが日本を滅ぼす=施光恒

記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2016年8月5日号(ビジネスマンの世間知らずが日本を滅ぼす)より
※本記事の本文見出しはMONEY VOICE編集部によるものです

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「社会や世間をよく知っているのはビジネスマン」という勘違い

8月1日に中央教育審議会の特別部会が、次期学習指導要領に関する審議まとめ案を公表しました。
(「次期学習指導要領 小学校の英語教育教化で年140時間増…」『産経新聞』2016年8月1日付)
http://www.sankei.com/life/news/160801/lif1608010022-n1.html

小学校の英語正式教科化やプログラミング教育の導入などが盛り込まれています。

正式教科としての英語は、小学校5年生、6年生でそれぞれ年間70時間、つまり週2コマずつ行われることになります。現在は、英語は正式教科ではなく「外国語活動」として週一コマですので、正式教科化されることで一コマ分、全体の授業時間数が増加します。

プログラミング教育は、小学校では新設の教科として導入されるわけではないですが、国語や算数、理科、音楽などの時間に、プログラミングに必要な論理的思考力を鍛える要素を盛り込むということです。

いま小学校では、指導要領に示された標準授業時間数をこなすため、ほとんどの学校で週28コマの授業を行っています。いまでも結構、ぎちぎちなのですが、「英語」の一コマ分の増加やプログラミング教育導入などで、小学校は、ますますやることが増え、あわただしくなります。

ひところのゆとり教育の反動もあり授業時間数を増やすということなのでしょうが、「英語」や「プログラミング」などが本当に小学生から必要なのかどうかということに関しては、私はかなり疑問を持っています。

最近、社会のあり方がますますビジネス寄りになっているようです。小学校での英語やプログラミング教育の導入にしろ、実践的な職業教育に重点を置く「専門職大学」の開設にしろ、ビジネス界(財界、特にグローバル企業)からの要請が、教育に直接反映されるようになってきています。

大学での会議に出席すると、「社会的要請」という言葉をしばしば耳にします。「○○という社会的要請があるため、××という改革を行わなければならない」などといったことをよく聞きますが、この場合の「社会的要請」とはほぼ例外なく財界からの要求です。

小学校、中学校、高校の教員と話していても事情は同様です。やはり、「社会的要請」=「財界の要請」なのです。

近頃の一般的見方としては、例えば、大企業のビジネスマンと小学校の教員を比べれば、「社会や世間をよく知っている」のはビジネスマンのほうだと疑いなく思われてしまいます。

ですが、よく考えてみるとこれは奇妙です。

Next: 「ビジネスマンは社会全体をよく知っている」という勘違いが生む悲劇



ビジネスマンは、確かに自分の会社や業界には詳しいでしょうが、社会全体のことをよく知っているかどうかは疑問です。

他方、小学校の教員は、子供たちのこと、教育のこと、地域社会のことに関しては間違いなくよく知っています。
(^_^)ヾ(^^ )

ですので、一概に、「ビジネスマンのほうが小学校教員より社会や世間をよく知っている」とは言いがたいはずです。

小学校の教員だけでなく、公務員にしろ、地域に根差した中小企業の経営者にしろ、農業や漁業の従事者にしろ、医療関係者にしろ、家庭をあずかる主婦にしろ、社会人であればそれぞれの領域で皆、社会を見つめて暮らしています。大企業のビジネスマンだけが社会や世間をよく知っているというわけではありません。

以前、評論家の中野剛志さんが、ビジネス偏重の現代の風潮について、私や柴山桂太さんとの対談の席で次のように言っていました。

ビジネスマンは世の中のことがたいしてわかっていなくて、「エイヤッ」と決断したら、たまたま儲かってそのまま社長になってしまったというような、そういう決断主義的な傾向がある。みんなで稟議していてもしょうがない、ビジネスマン的な決断主義でやるのだという風潮があった。

「哲学、思想、歴史といった教養なんて身に付けたってしょうがない」「会計、英語、コンピュータといった実務的な知識を身に付けろ」という風潮がセットになった
(中野、柴山、施『まともな日本再生会議――グローバリズムの虚妄を撃つ』アスペクト、2013年、64頁)。

この中野さんの言葉は約3年前のものですが、「教養なんて身に付けたってしょうがない」「会計、英語、コンピュータといった実務的な知識を身に付けろ」という風潮は、今回の学習指導要領の見直しもそうですが、近頃ますます強くなっているように感じます。

中野さんの言葉、このあとは次のように続きます。

しかし、政治のように利害関係を調整するような世界に比べると、ビジネスマンの世界って非常に単純なんですよね。自動車産業であれば、自動車のことだけを考えていればいい。しかし、本当は、世界はもっと複雑なんですよ。

でも、自分の単純な世界にいる人たちは、世の中がうまくいっていないのは自分のビジネスモデルを適用しないからだと思い込んでいる。

緊縮財政もそうですね。企業は借金経営をしない方が望ましい、政府は借金をしていいという違いがある。でも、企業と政府の違いがわからないから、政治も借金経営をしないようにさせたがる。

また、国内は需要が低下するのだから外に打って出るべきだと。企業レベルではそうかもしれないが、国全体が外に打って出るなんていうのはあり得ない。

「非効率部門を淘汰せよ」というのも同じで、企業は非効率部門を淘汰することで株価が上がったりしますが、国というのは非効率な国民を淘汰できない。

「政府の規制はけしからん」「政府に民間の知恵を入れろ」と。「民間の知恵」といってもレントシーキング(利益誘導)する知恵なんだけれども(笑)、「民間の知恵を」と称して政府のなかに入り込んだりする…。
(同書、64~65頁)。

まさにそうですね。

三橋さんも常々指摘しているとおり、日本に「失われた20年」をもたらしたのは経済政策の誤りです。そして、誤った経済政策がまかり通っているのは、視野が狭いビジネスマンの論理が過度に持ち上げられ、それが実際上、政治を牛耳ってしまっていることが一因でしょう。

Next: パソナ会長・竹中平蔵氏の「努力」が実を結ぶと日本はどうなる?



レントシーキングといえば、三橋さんがブログを休んでいたのをいいことに(?)、7月28日には下記のようなニュースが流れていました。竹中平蔵氏(パソナ会長)の努力が実を結んだのでしょう。

「外国人家事代行、3社認定 フィリピン人受け入れ今秋にも開始」(『日本経済新聞』〈電子版〉、2016年7月28日配信)
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO05334080X20C16A7L82000/

神奈川県や内閣府などは27日、国家戦略特区を活用した外国人による家事代行サービスを手掛ける事業者として3社を認定し、通知書を交付した。黒岩祐治知事は「女性にもっと活躍してほしいが現実問題、家事に追われて十分力を発揮できていない。日本の労働環境が大きく変革することを目指し成果を上げたい」と述べた。

認定されたのはダスキン、パソナ、ポピンズの3社。3社はフィリピン人を計30人程度受け入れ、今秋をめどにサービスの提供を始める計画だ…(後略)。

(竹中氏が、外国人家政婦導入のために動いていたことについて下記の拙稿もご覧ください)。
施 光恒「『外国人家政婦』は日本人の倫理観に合うのか?」(『産経新聞』(九州山口版)2014年6月5日付)
http://www.sankei.com/economy/news/140605/ecn1406050001-n1.html

視野の狭いビジネスマンの論理が過度に持ち上げられ、それが「社会の要請」「時代の要請」そのものであるかのように語られてしまう。そうした風潮が、日本社会をおかしくしている原因の一つでしょう。
(´・ω・`)

財界の人々に、「世間はもっと広いんだよ」「社会は複雑であり、ビジネスの世界とはそのうちの一つに過ぎないんですよ」と各界の人が教え諭す場を作る必要があるのかもしれません。(本当は、「政治」こそがそういう場であるはずなのですが、今では「政治」はビジネス界に乗っ取られ、その代弁者になってしまっています)。

学校の先生も、農業や漁業の従事者も、地元の建設業界で働く人も、医療関係者も、皆それぞれ自分の領域の専門家であり、各々の見方を照らし合わせてはじめて、社会や世間が見えてくるはずです。

まずは、それぞれ自分の持ち場で働いている多様な人々が、「グローバル企業のビジネスマンのほうが社会や世間をよく知っているなんてことは別にない」と当たり前のことを確認することが大切でしょう。

そして、ビジネスの論理が、教育や政治、医療や介護、治安や安全保障、街づくり、歴史や伝統の保全といった他の領域を侵食しはじめたら、「そういう視野の狭い見方ではいかん」と自信をもって指摘することが必要なのだと思います。
m9(`・ω・´)キリッ

長々と失礼しますた…

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