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黒田続投というマンネリを世界は許すのか? 変化するFRBと取り残される日銀=近藤駿介

黒田日銀総裁続投は、一部の国内投資家にとっては「良いニュース」に聞こえるかもしれない。だが世界にとっては「信じ難いニュース」と捉えられる可能性がある。(『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』近藤駿介)

プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える無料メルマガに加え、有料版『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』を好評配信中。

安倍政権が示した異次元緩和「継続」の意思。世界はどう見る?

「調整」と呼ぶには楽観的すぎる

「上げ100日、下げ3日」という相場の格言ほどではないものの、ロケットスタートを切り先月26日までの18営業日のうち11日で史上最高値を更新してきたNYダウだが、先週は2回も1,000ドル以上の下落に見舞われ、史上最高値を更新後僅か9営業日で年初来の上げを全て吐き出すとともに、一時最高値からの下落率は10%を上回ってしまった。週末9日には反発を見せたものの、その水準は2か月前の12月初旬のものとなっている。

トランプ大統領の就任時、「トランプ政権では決して市場は回復しない」と言っていたノーベル経済学賞受賞者のクルーグマン教授。この発言が昨年末にトランプ大統領によって「フェイクニュース大賞」に選ばれたことに象徴されるように、トランプ大統領誕生は金融市場の波乱要因と見なされていた

そうした中で米国株式市場は安定的に上昇を続けて来た。NYダウの中期的ヒストリカルボラティリティが約12%程であるなか、2017年の平均ボラティリティはわずか6.5%程度となり、「ゴルディロックス相場(適温相場)」という言葉を生み出すことになった。

しかし、今月に入って米国株式市場のボラティリティは急上昇しており、先週末時点では27.36%と、中期的ボラティリティの2.5倍の水準に達してきている。

「ゴルディロックス相場」の終焉懸念が出始める一方、「世界経済が回復傾向にある」「企業業績は回復傾向」「株価は既に割安水準」といったことを理由に、上昇トレンドの中での一時的調整局面であるという見方も根強く残っている。

しかし、こうした見方は楽観的過ぎるといえる。

過去の延長線上で考えるのは危険

一般的にボラティリティの急上昇は、それまでのトレンドに終止符が打たれたことを告げる現象である。経験則からいうと、こうした局面で最も危険な考え方は「上昇トレンドに変化はない」と過去の延長線上で物事をとらえようとすることである。

景気は回復傾向」「企業業績は好調」「株価は割安」という見方は、ボラティリティが急上昇し、それまでのトレンドに終止符が打たれた可能性が高まった局面では投資家の「三大タブー」でしかない。

1990年のバブル崩壊も、2000年のハイテクバブル崩壊も、景気が回復して企業業績が良い中で起きたことを思い出す必要がある。また、「株価が割安だから」という理由で株価が上昇トレンドに戻るという考え方は、過去何度も繰り返されて来ているアナリスト的な間違いである。

多くの投資家がまだ株に投資をしていない段階で企業収益が回復して「株価が割安」になったような局面では、こうした考え方は有益なものかもしれない。

しかし、多くの投資家が「株価が割安」になる前に株式投資に走ってしまった後に「株価が割安」になった場合、投資家の多くは損失を被っている。「株価が割安」になる前に株式に投資しして損失を抱えてしまった投資家が、「株価が割安」になったという理由で株式投資に魅力を感じるだろうか。

Next: 「株価は割安」に潜む罠。多くの投資家は割安になる前に投資している…



「株価は割安」に潜む罠

忘れてはならないことは、2018年は18営業日のうち11回史上最高値を更新するというようなロケットスタートを切っており、「株価が割安」になる前に株式に投資してしまった投資家が例年以上に多い状況にあるということだ。

「株価は割安」だということを強調しているアナリストも多いようだが、3日に任期を終えたイエレン前FRB議長はインタビューの中で、ここ数か月の米国株について「高過ぎるとは言わないが、高いとは思う」と述べ、アナリストとは異なる見解を示している。

「割安な株価」が上昇トレンドを形成するためには、それが新規資金を呼び込む時である。つまり「割安な株価」は上昇トレンド形成のための必要条件だが十分条件ではないということである。

タカ派寄りになるFOMC

米国株式市場が変調を来した要因と言われているのが、長期金利所急上昇である。経験からいうと、今の米国長期金利の上昇はとても「急上昇」というほどではないと思う。しかし、「景気は回復傾向」「企業業績は好調」「株価は割安」と株式市場内に下落要因が見つけられない株式市場関係者が「金利上昇」にその要因を求めたとしても不思議なことではない。

株価調整の原因が「金利」に求められたこともあり、FRBメンバーからも様々な発言が出て来ている。

FOMCで常に投票権を持ち「中立派」といわれているNY連銀のダドリー総裁は8日のインタビューで「利回り上昇に伴い株式市場への圧力が若干強まってきている」ことを認めつつも「株価の下落は取るに足らないことだ(Small Potatoes)」だと発言し、年内3回の利上げバランスシート縮小プログラムの実行を現時点で見直す考えがないことを示した。

これに対して「ハト派」の代表格でもあるミネアポリス連銀のカシュカリ総裁は「賃金とインフレが上昇し始めるまでFRBは利上げするべきでない。米経済はそうした状況から程遠い」と発言し、利上げに慎重な姿勢を見せた。

また「タカ派寄り」とされるダラス連銀のカプラン総裁は「若干のボラティリティの高まりは健全だといえる」としたうえで、現時点では「ボラティリティの上昇が金融条件の引き締まりや景気に波及しないと楽観視している」というコメントを出している。

「ハト派」の代表格であるイエレンFRB議長が退任したうえ、「ハト派」といわれる地区連銀総裁が投票権を失うこともあり、2018年のFOMC投票メンバーの構成は「タカ派寄り」になると思われている。

FOMC投票メンバーの顔触れが「タカ派寄り」になるなかで、本来法律の専門家でエコノミストではないパウエル新FRB議長がFOMCメンバーの意見集約を図れるかが今後の焦点でもある。

Next: 「低金利主義者」のトランプが障害に? 試されるパウエル新FRB議長の手腕



試されるパウエル新FRB議長の手腕

その過程での障害は、FOMC投票メンバーの構成が「タカ派寄り」になるなかで、トランプ大統領は「低金利主義者」であることだ。

「タカ派寄り」になるFOMC投票メンバーの意見集約を優先すれば、トランプ大統領の意に反する結果を招く。トランプ大統領の意向を忖度するためには、FOMC投票メンバーを説得しなければならない。

ここでネックになるのはパウエル新FRB議長が本来法律の専門家であり、エコノミストとしてFOMC投票メンバーの尊敬を得られているのかが未知数であることだ。

パウエル新FRB議長が半期に1度の議会証言を行う「米下院金融サービス委員会」の日程は、今月28日に決まった。この議会証言でのパウエル新FRB議長の発言は、その内容によっては、今後のパウエル新FRB議長とFRBに対する信頼度、また市場動向を決めかねないほどの重要性を持っているといっても過言ではないだろう。

「黒田続報」に見る政府の強い意志

日本でも4月8日に任期が切れる黒田日銀総裁の後任問題が表面化していた。メディア報道によると政府は黒田日銀総裁の続投を決めたようである。

黒田日銀総裁の後任問題よりも先に3月19日に任期を迎える岩田中曽副総裁の後任人事が国会で議論されるという見方が出ていたなかで、「黒田日銀総裁続投」方針を明確にしたのは、政府が異次元の金融緩和を継続する姿勢を見せることで株式市場の動揺、円高圧力を封じ込めようとする意志を持っていることの証である。

黒田日銀総裁続投をぶち上げることは、円安・株高をもたらした異次元の金融緩和継続に期待を寄せる国内の一部の勢力からは歓迎されるかもしれない。

しかし、黒田日銀総裁続投が世界の投資家から歓迎されるニュースであるかは定かではない。

Next: 世界は黒田続投をどう見る? 求められる異次元緩和の「出口戦略」



求められる異次元緩和の「出口戦略」

既に「金利」と「お金の量」のどちらを政策目標にするのか曖昧になるなど、異次元の金融緩和が限界に達していることを多くの投資家は認識している。また、黒田日銀総裁が続投するということは、次の任期中に「出口論」を示さなければならないということである。

2013年1月に政府と日銀の間で交わされた「政府・日本銀行の共同声明」の中で決められた「日本銀行は、物価安定目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とする。日本銀行は、上記の物価安定の目標の下、金融緩和を推進し、これをできるだけ早期に実現することを目指す」ことを実行するためだけに誕生した黒田日銀総裁が「出口論」を論じるためには、この「政府・日本銀行の共同声明」を見直す必要がある。

就任当時に2年程度で「2%物価安定目標」を達成できると大見得切ったにもかかわらず、その目標達成は事実上無期延期されている。

政府と日銀が掲げた目標を達成できないことが明らかになって来ている異次元の金融緩和を漫然と続けることに対して、世界から高い評価が得られる可能性は政府や日本人が期待するほど高くはないと考えるべきだろう。

世界に取り残される日本

FRBもECBも「2%の物価上昇目標」を達成する見込みが立たない段階から「出口」に向けて動き出している。それは、「2%の物価上昇目標」を達成できないことに比べて、「量的緩和を漫然と続けること」の方が金融的リスクが高いからにほかならない。

こうした金融的リスクに目も向けようともしないうえに、「2%の物価安定目標」を全く達成できていない日銀総裁が政府から続投を求められるという構図は、「責任を取らない日本」「臭い物に蓋をする日本」を世界に強く印象付けるできごとである。

「黒田日銀総裁続投」は、一部の国内投資家にとっては「良いニュース」に聞こえるかもしれない。だが世界にとっては「信じ難いニュース」として捉えられる可能性があることも認識しておく必要がありそうだ。

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・「もはや低インフレとは言えない米国」を織り込み始めた市場と、それに苦しむ日本(2/5)

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1月配信分
・金融市場を知り尽くしたトランプ政権と、信頼を失った日銀総裁(1/31)
・「トランプ減税に」に反応し始めた経済 ~ ハト派寄りになったFRBと取り残される日本(1/22)
・ロケットスタートを切った2018年 ~ 膾吹きに懲りて羹を飲む(1/15)
・2017年の延長線上で始まった2018年 ~ リスクは国内にあり(1/9)

12月配信分
・ビットコイン急騰を演出した「懐疑の中で育ったトランプ相場」(12/25)
・割高になり過ぎた都心不動産 ~ メザニンで不動産市況は救えない(12/23)
・税制改革に対する過度の期待とFRBが抱えるジレンマ(12/18)
・リスクに備えることを忘れたリスク(12/11)
・2018年は2017年の延長線上にある?(12/4)

11月配信分
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・トランプラリー1年 ~「期待」から「現実」へ(11/13)
・転換点を迎えた金融政策 ~「出口論」を強いられる異次元の金融緩和(11/9)
・パウエル新FRB議長決定 ~ 消えた不透明感と湧き出た不透明感(11/6)

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【関連】中国はなぜビットコインを潰しにかかったのか? 不都合な規制の裏側(前編)=高島康司

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元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』(2018年2月12日号)より抜粋
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